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桑名藩士 加太邦憲の日記 元治元年卯月二十

元治元年卯月二十  


京都の町を散策していたところ、
伊勢屋町付近でだんだら羽織を着た新選組に誰何され、
父上が叔父上と桑名藩士である旨を告げると、
丁寧に頭を下げて、詫びを言い去って行った。

新選組と聞くと、乱暴者の感じがしていたが、
教養のある者もいるのだなぁと父が言うと、

叔父が、新選組の総長と名乗っていたので、
かなり上の立場の者じゃないかなと言い、

桑名藩は親藩なので、
丁寧な対応をしたのかもしれないと、自分は思った。

京都の治安は彼らのような者たちが守っているのは、
歯がゆいが近年の京都の治安の悪さ、
脱藩浪士の多さでは番所では対応しきれないので、
仕方がないのかもしれない。

何時かは、この国を動かすような人物になりたいものだ。


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