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カジュアルに哲学するということ

可愛らしい表紙が目に留まり、ふと永井玲衣さんの『水中の哲学者たち』という本を手に取る。1ページ、2ページ…とページを繰る。そこには哲学書にお決まりの気難しさはなく、日常の世界が、若者が精一杯絞り出した言葉で書かれていた。

永井さんは哲学対話を通し、等身大でカジュアルに哲学する。この本を読むと、普通の人の、なんでもない日常に、問いが、哲学が溢れていることに気付く。

どうやら哲学は、難しい理論を振りかざしたり、知識をひけらかすものではないらしい。勝手な解釈かもしれないけど、哲学とはささやかな疑問(あるいは潜在的な生き苦しさ)について、自分で(あるいは皆と一緒に)考えることなのかもしれない。それなら、自分にも哲学できそうな気がする。

子どもの頃、世界は確固とした形を持っていると思っていた。しかし、現実は脆く、所々にほつれを有している。日常に潜む問いや、より良い答えを考え探し出そうとする営みは、どこか綻びを繕う行為に似ている。

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