7.エンバーミング
葬式の手配を行った翌日には
「エンバーミング」という処置を、
父の亡骸に施してもらった。
日本でいう死に化粧に近いものがあるが、
もっと医学的に体を衛生的に
綺麗に保つための処置である。
日本ではまだそこまで
認知度の高いものではないようだが、
アメリカでは、葬儀を行う人の90%以上が
これを行うと言われており
一般的となっているものなのだそうだ。
(それぞれの土地の風習や、信仰する宗教にもよると思うが)
朝から夕方までかけて
綺麗にしてもらった父は、
最初に運ばれた寒くて寂しそうな霊安室から
葬儀を行う予定の部屋と隣り合わせの
待合室兼用の霊安室へと運ばれていた。
エンバーミングを施して
保冷する必要がなくなったため
棺も、打ち合わせのときに頼んだ
木製で白地に模様の入った棺に変わっていた。
相変わらず冷房は効きっぱなしだったが
室内はとてもきれいで、照明も温かみがあり、
父も喜んでいるだろうなぁ、と思った。
父の顔はとても安らかで穏やかな表情をしていて
まるで微笑んでいるかのようだった。
きっと、苦しくないんだな、今。
そう分かった。
エンバーミングの処置をしてもらったことで
葬儀までの間ではあるけれど、
棺の中で横たわる父の亡骸と思う存分
お別れのための時間を過ごすことができたことは
本当にありがたかった。
エンバーミングをしてくれる人達もまた
警察や葬儀場のスタッフの方同様に
私達遺族の悲しみに寄り添ってくれる
とてもありがたく尊い仕事だと思った。
たとえば、事故で体の一部が損傷したり
欠損しているといった場合でも
綺麗にしてくれるのが
エンバーミングの処置の内なのだという。
父の場合そんなことはなかったが、
それでも舌の出た、ただどす黒いままの
苦しそうな父の姿ではなくなった。
一体どんな処置をするのかというと
一部足の血管に切り込みを入れてから
体内の血液を排出し、
体中の血管に薬剤を入れ、
防腐処理を施すのだそうだ。
この血管の切開や薬剤の注入や
体の欠損部を補う作業は、
医師や「エンバーマー」の方の仕事だということで、
頸部の圧迫の痕も綺麗にしてくれ、
強い圧迫のために出てしまっていた舌は、
口を開いて中に戻してもらうことができた。
状態によっては中に戻せずに
切断しなければならないこともあるらしく
切らずに綺麗にしてもらうことができて
本当によかったなと思った。
もちろん限度はあるが、
このエンバーミングの処置により、
ドライアイスを体中に当て続ける必要がなくなる。
そうして、当初は布団の中に
ドライアイスがたくさん入っていて
触れることのできなかった父の手を
やっと触ることができた妹。
居る間中ずっと
父の亡骸から離れようとしなかった。
葬儀まではあと丸二日と数時間ほどあったが
葬儀場が空いている
ほとんどの時間を父のそばで過ごしていた。
手をさすって、身体を抱き締めて、
「もっとこうしてあげたらよかった、ごめんね、
ごめんね、、ありがとう、ありがとう、、」
と、ずーっと泣いていた。
家に戻ってからも、
妹は元々父の部屋だった実家の和室で
父が亡くなる前日まで着ていた
スーツの背中に顔をうずめ
「お父さんの匂いがする、、」
と号泣していたっけ。
ひとしきり泣いた後、
首の後ろの部分の匂いを嗅いだとき
「やっぱり首の後ろは臭い、、、」
と少しおちゃらけることができていたので、
私は少し、安心した。
私は妹とは違って、
もう二度と父が生きて
袖を通すことのない服に、
そして父の身体に、
居られる間中寄り添っていたい、
などとは思っていなかった。
だって父の服には
言わずもがな父はいないし、
現実感を失っていながらも、
“父の肉体にはもはや「父」はいないのだ”
と、どこかで感じていたから。
そうか、父さんは死んじゃったんだよな。~⑦第一章:父が死んだ。これは夢か幻か~
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