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国連・子どもの権利委員会、シリア出身の母子の送還をめぐるスイスの対応を評価

国連・子どもの権利委員会の第92会期が終了〉で簡単に触れたとおり、国連・子どもの権利委員会は、個人通報制度に基づいてスイスを相手どって提出された通報のうち、スイス政府の前向きな対応によって審理を続ける必要がなくなった事案について審理の打ち切りを決定しました(決定日:1月25日)。

 委員会は、スイス政府の対応を歓迎するコメントを発表しています。

1)UN News: UN child rights committee lauds Swiss asylum offer to Kurdish family
https://news.un.org/en/story/2023/02/1133137

2)OHCHR: Switzerland: UN Committee welcomes asylum for four Kurdish refugee children
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/02/switzerland-un-committee-welcomes-asylum-four-kurdish-refugee-children

 本件(CRC/C/92/D/126/2020)は、シリアから避難してきたクルド人の子ども4人(10~14歳、いずれもシリア国籍)を最初の庇護国であるブルガリアに送還するというスイス当局の決定をめぐる事案です。11歳のときに無理やり結婚させられ、14歳のときに最初の子どもを出産した母親が、子どもたちの代理人として申立人になっています。

 一家は内戦から逃れるため2017年初頭にシリアを出国し、同年8月にブルガリアで庇護を認められました。しかし、難民キャンプを追い出されて路上で物乞いせざるを得ない状況に追いこまれたことから、3か月後にはブルガリアからドイツに移動し、庇護を申請。2019年7月にはドイツで母親(申立人)に保護措置が認められています。

 ところが夫(子どもたちの父親)が非常に暴力的な人物で、母親は夫の暴力から逃れるためにドイツを離れ、2020年5月にスイスで庇護申請を行ないました。しかし同年9月に申請は棄却され、すでに一家が難民として認定されていたブルガリアへの送還命令が出されます。連邦行政裁判所への不服申立ても棄却されたことから、同年11月12日に国連・子どもの権利委員会に対して通報を行なったものです。通報を受理した委員会は、11月18日付でスイスに対して暫定措置を要請し、委員会の審理が終了するまで送還を一時停止するよう求めました。

 その後、スイス当局は申立人らの庇護申請に関する審理を再開し、最終的に2022年5月23日付で申立人とその子どもたちに難民としての地位を認めました。委員会による審理打ち切りの決定はこれを受けて行なわれたものです。

 委員会のアン・スケルトン委員は次のように述べてスイスの対応を評価しています。

「私たちは、暫定措置を求めた委員会の要請に応じてブルガリアへの子どもたちの送還を停止するという、スイスによる時宜を得た対応を歓迎します。また、子どもたちの状況と、ブルガリアに送還された場合に残虐な、非人道的なかつ品位を傷つける取扱いに子どもたちがさらされるおそれを再審査するという決定も歓迎します。これは、委員会の要請に応じ、委員会と協力することに対する同国のコミットメントを明らかにするものです」
「これは、委員会に事案が登録されたことを受けてスイスが直ちに庇護手続を再開し、状況を再審査した後に子どもに在留許可を付与した、5番目のケースです。これは、通報制度が子どもの即時的救済につながる可能性を示すものです」

 スケルトン委員が最後に述べているように、通報をきっかけとして政府が自発的に対応を見直し、子どもの速やかな救済につながる例も少なくありません(Facebookでデンマークモロッコの例を紹介したことがあります)。日本も速やかに通報手続に関する子どもの権利条約の選択議定書を批准し、すべての子どもの権利を効果的に保障するために委員会と積極的に協力する姿勢を打ち出すべきです。

 なお、スイスは本件と類似の事案で条約違反を認定されたことがあり、今回の前向きな対応にはそのことも影響している可能性があります。次の記事を参照。
-〈国連・子どもの権利委員会、子どもが関与する庇護手続のあり方をめぐってスイスの条約違反を認定〉(2020年10月16日)
-〈国連・子どもの権利委員会、シリア出身の母子の送還決定をめぐってスイスのノンルフールマン義務違反などを認定〉(2021年12月20日)

 個人通報制度に基づいて委員会が採択してきた主な決定については、私のサイトの〈国連・子どもの権利委員会 個人通報 決定一覧〉を参照。

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