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国連・子どもの権利委員会、子どもが関与する庇護手続のあり方をめぐってスイスの条約違反を認定

 国連・子どもの権利委員会は、オンラインで開催された第85会期(9月14日~10月1日)において、個人通報制度に基づく20件の通報に関連して18件の決定を行ないました(国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のプレスリリース参照)。決定は第85会期のページで順次公開されています。

 このうち、スペイン(4件)、デンマーク、スイスを対象とする6件の決定で条約違反が認定されています

● スペイン :M. B. v Spain 事件(CRC/C/85/D/28/2017
● スペイン :L.D. (primer autor) & B.G. v Spain 事件(CRC/C/85/D/37/2017-CRC/C/85/D/38/2017
● スペイン :M. B. S. v Spain 事件(CRC/C/85/D/26/2017
● スペイン :S. M. A. v Spain 事件(CRC/C/85/D/40/2018
● デンマーク:W.M.C. v Denmark 事件(CRC/C/85/D/31/2017
● スイス  :V.A. (E.A. et U.A) v Switzerland 事件(CRC/C/85/D/56/2018

 スペインに関する通報はいずれも保護・養育者をともなわずにスペインに到着した子どもの移住者の取扱い、とくに年齢鑑別のあり方をめぐるもので、最初の2件についてはOHCHRのプレスリリースで概要が紹介されています(Facebookの投稿も参照)。

 今回は、EU(欧州連合)内における庇護申請審査の責任分担等について定めた第3次ダブリン規則の適用のあり方をめぐり、スイスの対応が条約第3条(子どもの最善の利益)および第12条(子どもの意見の尊重)に違反するとされた決定の概要を紹介します(なお、決定はいまのところ原文=フランス語=でしか公表されていません)。

スイスに関する決定の概要

 申立人はアゼルバイジャン国籍の女性、 V.A.(1986年生)です。申立ては、いずれもアゼルバイジャン国籍である2人の娘、E.A.(2009年生)および U.A.(2014年生)に代わって行なわれました。

 申立人とその夫はいずれもアゼルバイジャン政府に対する批判的な論陣を張っていたジャーナリストで、アゼルバイジャン政府による弾圧が激化して生命の危険を感じるようになったとして、2017年3月に娘2人を連れて同国を逃れ、スイスで庇護申請を行ないました。庇護申請がなかなか認められなかったためいったんは帰国したものの、2018年2月に夫が逮捕され、申立人自身も反政府的行動をやめなければ逮捕すると脅迫されたことから、ふたたび出国を決意。出国の手引きをした者の助言にしたがい、2人の娘を連れてイタリア経由でスイスに入国し(2018年5月)、あらためて庇護申請を行いました。

 しかし、スイス当局は、EU第3次ダブリン規則にしたがい、申立人とその娘をイタリアに送還することを決定。申立人は、この決定によって2人の娘の精神状態が著しく悪化したことなどを理由に、国連・子どもの権利委員会に対して申立てを行ないました。スイス政府は、委員会による暫定措置の要請を受け入れ、申立人およびその娘のイタリアへの送還を停止しました(2018年5月)。

 委員会は、国内救済措置が尽くされていないこと、十分な立証が行なわれていないことなどを理由に、申立人が提出した多くの論点を受理不能として退けましたが、条約第3条、第12条および第22条(難民の子どもの権利)に関わる主張については受理可能であるとして本案審査に進んでいます。

 申立人である母親は、娘たちの精神状態等に関する専門家の鑑定をスイス当局が十分に考慮しなかったこと、手続の過程で娘たちの聴聞を実施しなかったことなどが条約第12条違反にあたると主張していました。この点についてスイス政府は、申立人の娘たちは聴聞の対象とするには幼すぎ、また娘たちの最善の利益は母親の利益と一致しているため意見表明の権利は母親を通して行使できるなどと反論しています。

 委員会は、▼条約第12条の権利の行使に関して年齢制限を設けることは望ましくない、▼子どもの最善の利益については個別の評価が行なわれるべきであるなどとしてスイス政府の主張を認めず、申立人の子どもたちの意見を直接聴取しなかったのは条約第12条の違反に当たると認定しました。さらに、最初の避難から2度目の庇護申請が棄却されるまでの過程で子どもたちが経験したトラウマにも言及し、子どもたちの意見を直接聴取しなかったことは最善の利益評価に必要なディリジェンス(注意義務)の不履行に当たるとして、第3条違反も認定しています。

 そのうえで、委員会はスイス政府に対して以下の措置をとるよう促しました。

1)第3次ダブリン規則第17条(裁量条項:庇護申請の審査の責任を負わない国が裁量によって自ら審査を行なえる旨の規定)を適用し、子どもの最善の利益が第1次的に考慮されること、娘たちの意見が聴取されることを確保しながら、2人の娘の庇護申請を再審査すること。子どもの最善の利益の評価にあたっては、2人の娘がスイスに到着してから育まれてきた社会的絆や、これまでの環境の変化によって娘たちが経験している可能性のあるトラウマを考慮すること
2)同様の事案が再発しないようにするため、とくに▼庇護手続において子どもの意見が組織的に聴取されること、▼子どもの送還に適用される国内標準手続が条約に一致したものになることを確保すること。

 委員会の決定は子どもの送還をめぐる対応の手続的側面に限定されたもので、送還の可否にまで踏みこんだものではありませんが(この点、送還自体が条約違反に当たると認定した決定(I.A.M v Denmark 事件)の日本語訳も参照)、子どもが関わる庇護手続のあり方を示すものとして注目できます。

 なお、国連・子どもの権利委員会による個人通報の処理状況等については、筆者のサイトの〈国連・子どもの権利委員会 個人通報 決定一覧〉を参照。整理が追いついていませんが、ぼちぼち情報を更新していきます。

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