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子ども時代に出合う本 #03 耳から聴く読書

思い出は母の声と共に

01で、子ども時代に父が園長を務めていた幼稚園の図書室でたくさんの絵本を読んでいたと書きました。ただ自分で読めるようになるまでは寝る前に母に読んでもらっていたのです。

その幼稚園では、園児は福音館書店の月刊絵本こどものともを集団購入していました。

たとえば上の写真にある『おおきなかぶ』(ロシア民話 A.トルストイ/再話 内田莉莎子/訳 佐藤忠良/画 福音館書店)はロングセラー絵本として今も多くの子どもたちに読まれていますが、月刊絵本こどものとも1952年5月号として出版され、ハードカバーになったのは1966年6月のこと。

子ども部屋には、こどものとものバックナンバーがたくさん置いてありました。その中に『おおきなかぶ』もあって私は母に何度も何度も読んでもらっていました。

「うんとこしょ どっこいしょ まだまだかぶはぬけません」

私も我が子達に何度も何度も読んで聞かせたこの絵本ですが、原体験は母の声と共にあるのです。

『かばくん』(岸田衿子/作 中谷千代子/絵 福音館書店)は月刊絵本こどものとも1962年9月号、『たろうのおでかけ』(村山桂子/作 堀内誠一/絵 福音館書店)は月刊絵本こどものとも1963年4月号、『しょうぼうじどうしゃじぷた』(渡辺茂男/作 山本忠敬/絵 福音館書店)は、月刊絵本こどものとも1963年10月号でした。

これらの絵本も、やはり母に読んでもらった思い出の絵本です。

忙しい母でしたが、寝かしつけの時間には必ず絵本を読んでくれていました。その習慣は私の5歳下の弟が小学校に上がるまで続けられたので、私は10歳になるころまで毎晩母が絵本を読む声を聞きながら眠りについていました。

どれも、自分が子どもたちに読んであげるときに、母が読んでくれていたあの幸せな時間が思い出されていました。

母は、2020年7月5日に93才で亡くなりましたが、記憶の中の母は絵本の思い出とともにずっと生き続けています。

2014年まで友人と一緒に活動していた
未就園児のためのおはなし会での様子
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耳から聴く読書の心地よさ

自分で読めるようになるまでに、誰かに読んでもらうという経験は、「読む」という力の土台になるといろいろな研究者が指摘しています。

01で紹介した『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』(大田直子/訳  インターシフト 2020)のメアリアン・ウルフも「深い読み」ができるようになるために、「ひざのすき間で」読んでもらう体験がとても大切だと書いています。(第六の手紙 p178~180)

母は、そんな理論は知る由もなかったのですが、私はその「耳から聴く読書」を通して、ことばの意味を知り、イメージを広げ、物語の中に入り込む楽しさを身につけていったのだと思います。

今、思うと母は父の後妻となって多くの葛藤を抱えていたはずです。思春期を迎えていた継子の兄たちとの関係について悩んでいたはずです。でも、親兄弟の反対を押し切ってクリスチャンになり、しかも信仰により子連れのやもめ牧師と結婚したわけで、弱音もはけない。生まれ育ったところから遠く離れた場所で子育てをする中で、私たちに絵本を読む時間は母にとっても、いろいろな重荷を下ろせる時間だったのではと思うのです。

というのも、絵本を読んでいる母はとても楽しそうだったからです。『ぐりとぐら』や『おおきなかぶ』などをリズミカルに読んでくれ、私や弟は絵本の世界の中にぐっと入り込むことができたのです。あの声を思い出すと、母は義務感で読んでくれていたのではなく、その時間を我が子と一緒に楽しんでいたんだなって確信が持てます。母にとって、あの時間が私たち子どもたちと共に過ごす安らぎの時間だったと。

一緒に楽しむこと

昨年、秋にある図書館で絵本講座をしたときに、質疑応答の時間である若いお母さんに、こんな質問を受けました。

1歳半のお子さんに毎日一生懸命絵本を読んであげているのに、最後まで絵本を聞いてくれない、すぐにページを閉じてしまう、どうしたらよいのかというものでした。その声には切実な雰囲気を感じました。

よく聞くと、3歳までに1万冊読んであげないと賢い子に育たないとネット情報で思い込んでいて、「1万冊読まなきゃ」と義務感で読んでいたというのです。

私が伝えたのは・・・
・1歳半ではまだいろいろなブックリストに掲載されている絵本を集中して聞くのは、発達段階から言ってもまだ無理かも(もちろん個人差はあるけれど)
・1歳~2歳くらいの時期は興味の対象が次々に目移りするので、もし読んであげたいならば赤ちゃん向けの絵本がおすすめ
・まずはたくさん遊んであげること、体験すること、そして声をかけてあげてほしい
・おひざの上が心地よいと感じられるわらべうたがおすすめ
・なによりお母さんが楽しんで!義務感で読んでたら辛くなるでしょ

「それを聞いて、すごくホッとしました」と笑顔になってくださいました。

「3歳までに1万冊」というのは、東大にお子さん3人を入れたというママの子育て談義の中で話されたことらしいのです。もちろん、それだけたくさん読んでもらっていれば、語彙力もつくし、イメージする力も身につく。ものごとを推理し、順序立てて考えることができるようになるので、賢い子に育つのも当然です。

でも、「1万冊」という数字は、毎日数冊ずつ読んであげているのが自然と積みあがっていった結果だと思います。最初から「1万冊読まなきゃ!」と数字だけが独り歩きをしてしまっては、本末転倒です。

絵本を読んであげることを義務だとは思わないでほしいのです。一緒に楽しんでほしいのです。でも、絵本じゃなくてもいいのです。一緒に遊んだり、身近な自然に触れ合ったり・・・子どもと一緒に過ごす時間の中に、もし子どもが「読んで」と持ってきたときに、一緒に絵本の世界を楽しんでほしいと思います。


ここまで自分の子ども時代を振り返って書いてきましたが、次からは子育ての中の絵本の思い出を綴っていきたいと思います。

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