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小学5年。 ⑥ [個室]

個室へ変わった理由は母に聞かされた。

私が入っていた大部屋の子供たちが病院を出るのは、症状が酷くなり大学病院のような、もっと大きな病院での治療が必要になったからだ。
母は、そう言った。
私から聞いたわけではない。
母が勝手に話してきたのだ。
何を言おうとしているのか、さっぱりわからなかった。
さらに母は、大学病院へ行っても治る見込みもないほどの重い病気だ、と続けた。
転院した後、生きているのかもわからない。
だから戻ってこないんだと。
それを毎日のように見るのは辛いだろう。
だから、個室へ変わった方がいい。
医師からそう言われたと母は言った。

意味がさっぱりわからなかった。
医師がそんなことを話すはずがないと思った。
もし仮に本当だとしたら、大部屋の子供たちの病気が治っていて欲しい、そう祈った。

母は、病院側からお願いされたから、個室なのに大部屋と同じ料金であることを喜んだ。
個室とはいっても2人部屋だったが、残りの入院生活の間に誰かが入院してくることはなかった。

個室へ変わる時に、母は病院にいた。
それは医師が症状や治療などで話があると呼んだからで、その後にあの個室への部屋替えの訳のわからない理由を話して仕事へ戻って行った。

次の日も珍しく母は来た。
入院初日こそ、医師からの説明と点滴が外れないための監視で病院にいたが、大部屋へ入ったら直ぐに帰り、その後一度も来ることはなかった。
それが、個室へ替わって2日目も来たので驚いた。
母は全教科分の真新しいままの教科書と新しく買ったノートに筆箱を持ってきた。
2日目に来たのは、それが目的だった。
「学校に行ってない分の遅れを取り戻さなくちゃね」
そう言った。
「習ってもいないのにわからない」
と反論すると、
「教科書読めばわかるでしょ!」
苛立ちを込めて言い返された。
これ以上は、さらに状況を酷くするだけなので、黙って教科書を受け取った。

その夜、珍しく仕事帰りの父が顔を見せた。
父は何も言わず紙袋を置いて帰って行った。
中には少年ジャンプと少年サンデーが入っていた。
無口で人見知りな父らしかった。

兄と妹は日曜の昼に来た。
父が連れてきたのだが、そこに母はいなかった。
兄は野球盤を買ってもらったと言って持ってきた。
私には教科書だったのに。
そう思うと悔しくて悲しかったが、兄が「退院したら一緒にやろうな」と言ったので「うん」と返事をした。

兄はその後、山下達郎のシングル盤を買ったから一緒に聴こうなと言った。
そしてまた悲しくなった。

点滴が外れ自由にはなったが、誰も来ない平日の昼間は暇だった。

そして数日が経った頃、同級生が見舞いに来た。




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