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失恋キューピッド

…蝉がうるさい。
顳顬こめかみから輪郭に沿って、首筋へ伝う汗。
全てがだる様な暑さに拍車をかけてくる。
「暑い…」耐えきれず漏れる。

学校横のこじんまりとした神社。
部活動の時間には人気ひとけが無くなる。
境内の石階段で、放課後何をする訳でも無く、いつもの面々が揃う。

りょうちゃんおっつー」
階段下から声を掛けられる。
「おつー」
とっとっ、とそいつは軽快に階段をのぼって来ていたが、その途中、急に叫び出した。
「うわっ!!涼ちゃん涼ちゃん!!」
「何?」
「蝉蝉蝉!」
自分の10段位下に、仰向けにひっくり返った蝉がいた。
来た時は全く気付かなかった。

「大丈夫だって。死んでる死んでる」
「いや絶対生きてるし、ヤバいってこれ、絶対セミファイナルだ」
セミファイナル、所謂いわゆる瀕死状態の蝉が死んでいると見せかけて奇襲を掛けてくるアレだ。
最近では蝉爆弾とも言われているそう。

「勢いで来いって」
「えぇー!?まじでやなんだけど!えぇ…行くよ…本当に行くよ?」
そう言って、少し下がり、勢いをつけながら、駆け上がって来た。
ひいー!と、情けない声をあげながら朝也が通り過ぎて行った。
「やっぱ死んでたじゃん」
「俺が速過ぎて気付かなかったのっ!あー怖かった」
強がりとも泣き言ともわからない声が上から聞こえてくる。

朝也は1年の時に同じクラスで仲良くなった。
クラス替えで別々になった後も、仲は変わらず、むしろつるむ事は多くなった様に思う。

朝也ともや、どうだったの?あれ」
そう訊くと、朝也は、上からゆっくりと降りて来て、横に立った。
「フラれた」
両手を腰に当て、空を仰いだ朝也。
先週末、朝也は好きな子に告白すると息巻いていた。

「なんて振られたの?」
そう訊くと、朝也は女子の様な仕草をしながら答えた。

「『ごめん、私、好きな人がいるんだよね。でも、お陰で決心がついた。私も告白しようと思う!ありがとう!あ、朝也とは、今まで通り友達でいたいと思ってるんだけど』」
「あ、もう真似しなくていいよ。くねくねやめて。てか背中押しちゃってるじゃん」
「俺も『あっ、うん、頑張れよ!』とか言っちゃって…もうピエロじゃん」
「ピエロっていうか、キューピッドかな。恋の」
「ムカつく倒置してくんな。失恋してるキューピッドなんかいねえよ!あと、あっちが、結ばれるとは、限らないし」
朝也の語気は段々と勢いを失っていった。

再び階段下から声がする。
「お疲れー」
境内の常連がもう1人来た。
「あ、くに先輩お疲れ様です」
「國先輩、おざっすー」

國先輩は3年の先輩。
1年の頃から仲良くして下さっている。
高3ともなれば、それなりに忙しいはずだが、よくここで一緒に駄弁だべっている。

見ると、階段を上がる先輩が、さっきの蝉爆弾に気付き、それをちょい、と蹴った。
階段を転がり落ちていく蝉に、死骸だった事が明らかになる。
「こいつ告白して振られたんです(笑)」
「ウケる(笑)」
「ウケないっす」

「てか、さっきの蝉やっぱ死んでたじゃん」
「嘘だあ」
「さっき先輩蹴ってたし。こいつさっきまで絶対生きてる!怖い!って大騒ぎしてたんですよ」
「ださぁ」
先輩はだから振られんじゃない、と笑った。
「別にダサいから振られたんじゃないっすよ!」
「ダサいのは否定しないのか?」

最初は待ち合わせ場所に境内を選んだのが始まりだった。
溜まり場になるまでそう時間はかからなかった。

「俺今日は迎え来たら行くわ」
「珍しいっすね。母ちゃんすか?」
親じゃねえわ、とツッコむ國先輩。
「まあ、俺も隅に置けないって事だよ」
あまりそれを自分で言っている人は聞いた事が無いが。
意味あり気に濁す先輩に、朝也と俺は「え」と声を揃えた。
「デート、すか…?」と朝也が恐る恐る訊く。
得意げに顎を上げ、視線のみこちらに向ける先輩は、その表情で肯定して見せた。

「え、彼女?いつ?」
神様は不公平だ、と本殿に向かって叫ぶ朝也。罰当たりな奴だ。
今日の2人は完全に相性もタイミングも悪い。
どうやってこの2人の間を取り持とうか思いあぐねていた頃、先輩の待ち人が来てしまった。

「國せんぱーい」と下の方から声がした。
「来た。じゃ、お先」
先輩はニコッと笑い、背を向けた。
先輩が階段を降りきると、声の主が先輩に駆け寄ったのが見えた。

横を見ると、朝也がずっと面食らった顔をしていた。
先輩に彼女が出来たのが余程ショックだったのかと思っていたのだが、とんでもない事を言い出した。
「好きな人って、國先輩だったのかぁ」
「…え?」

数秒掛かって、そのひと言から理解した。
先輩の彼女は、彼女こそが、朝也を振った子だったのだ。
事実は小説よりも奇なりとは言うが。
なんて声を掛けるべきか暫く迷っていると、朝也の方から沈黙を破った。

「腹減ったな」
「…ラーメン、行く?」
「行くよ」
朝也は当たり前という感じで言った。

「俺が先輩のキューピッドって事だろ?今度何か奢って貰お」
その切り替えの早さに思わず笑った。
「現金なキューピッドだ」

『先輩がこうして結婚出来たのは俺のお陰って事っすよ!』
ドヤ顔の友人代表のスピーチだった。

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