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正二の親孝行

木村正二は母親の最期が近いことを主治医から聞かされて泣くに泣けない気持ちでいた。
昨日、自分が子供のころ心臓の病気でいつ死んでもおかしくない時に、母が天使に頼んで母の寿命を半分に分けて自分を助けてくれたことを父親の正一から聞かされたからだった。
母はもっと長生きできるはずだったはずなのに・・・。
僕にはそれほどまでして生きている価値はあったのだろうか?本当に僕は生きていてよかったんだろうか?
今まで親孝行らしいことなんて一つもしていない。生活が苦しいのに僕を大学まで行かせてくれて、何とか就職して働くようになっても親に甘えて家から出て行かず、給料は全部自分の趣味や小遣いで使い切って生活費は一円も入れなかった。
父や母は「私たちは、正二が一緒にいて元気な顔を見せてくれているだけで嬉しいのよ。だから無理はしないで、自分のやりたいように生きて行って。」といつも言っていてくれた。
僕はその言葉の本当の意味も分からず自分の好き勝手に生きてきた。
そんな母に僕はどうして恩返しをすればいいんだろうか?
父は、「お前の母親は、お前が自分より一日でも後に死ぬことを望んでいたんだよ。だからお前に寿命を分けるとき、自分より一年だけ長く生きていけるように神様にお願いしたんだ。
はっきり言っておくけど、お前も来年には死んでしまう運命なんだ。その時にお前があいつと同じように天国へ来てもらえるように、愚れたりしないように一生懸命お前をまともな人間になる様に育ててきたんだ。天国であいつとまた幸せな生活が出来るように、お前に残された一年、何とか真面目に生きてくれよ。
いいか、正二、よく聞いてくれ。お前のお母さんはもうすぐ死んで天国へ逝く、それはあいつの決めた運命だ。お前はそれを見届けて、来年母親が待つ天国へ逝ってくれ。私はあいつからそれを見届けるように頼まれている。
それがお前の出来る母親への唯一の恩返しだ。私への親孝行だ。」
僕にはどうしようもない運命だったんだ。
母が決めた僕の運命。僕はそれを受け入れることが、僕にできる親孝行だったんだ。
お母さん、ごめんね、そんなこととは知らずに生意気ばっかり言って。
来年、お母さんの元に行くために、お母さんに恩返しをするために、あと一年生きていくよ。それまで天国で待っていて。

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