懺悔
共感が強い性質である。
役に立つこともあるが、本来背負うべきでない感情まで、余計に背負うことがある。
共感を超えて、自分の感情になる場合、それは歪で、丁寧に、正しく受け止められないものになる。
例えばそれは人の痛みだ。
わたしがそれを背負ったところで、相手の痛覚が鈍るわけではない。
理解していても、心はそれを処理しきれない。
大切な人の痛みほど、質量が大きく、深いところまで自分のものになってしまう。
例えばそれが、わたしの愚かさに起因する苦しみや痛みの場合、もうほとんど耐えられない。
わたしがわたしを生きようと、前に進もうとすればするほど、人を苦しめるとしたら。
そばで支えてくれる人、心で繋がっている人、そういった人たちを裏切ることになるのだとしたら。
そう考えるだけでわたしはわたしの人生をぞんざいにしたくなる。自分を大切にすることを辞めたくなる。自分自身が傷つきたくないから。
けれど、他人の理想を演じることをやめようと必死でもがいている今、全てを背負う覚悟を決めなければならない。
言葉では表現しきれないこころからの感謝の気持ちが、どうか大切な人にきちんと伝わりますように。
そして、こころの中で深く深く頭を下げながら、わたし自身を生きることを選ぶ身勝手さを、どうか認めて欲しいと、赦しを乞うのだ。
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