金魚掬い 第二話(2)
……がちゃがちゃ、と音がして、そのすぐ後にただいま、と言う菜々美の声が響く。その声は、夏祭り特有の華やかな色合いをしていた。
とんとん、という小さな足の音が、近づいてくる。「走ってはいけませんよ」という美代子さんの声にも、負けじと響く。
扉が、乾いた音を立てる。菜々美が声を発する前に、私はどうぞ、と言った。がちゃり、と音を立て、菜々美が顔を覗かせる。弾けるような笑みが、小さな身体から発せられていた。
「お母さん、ただいま」
「お帰りなさい、楽しかった」
そのときふと、菜々美が両手を後ろに回していることに気が付いた。
自然と笑みが零れる。
菜々美の笑みは、恥ずかしさ、緊張、誇り、喜び、そして期待が入り混じった、子供特有の、透明感溢れる色合いを帯びていた。
「ねえ、お母さんにお土産あるんだ」
「まあ、ありがとう。何かしら」
「あのね、たくさん、捕まえたんだ。菜々美、すごいでしょう。二匹だけ、おじさんがくれたの」
そう言って菜々美が誇らしげに差し出したのは、金魚だった。
透明の小さなビニール袋の中に、小さな小さな金魚が二匹浮かんでいた。透明に浮かぶ朱い色が眼に染みて、仕方がなかった。
ふと気が付いたときには、二匹の金魚は床に転がっていた。
菜々美の小さな足は、濡れていた。
私の指先から、滴が一つ、落ちた。
菜々美の笑みは、凍り付いて色を失っていた。真ん丸に浮かべた瞳は、何も映していない。
そう思ったと同時に、あの子の瞳が揺らいだ。私はやっと、自分が何をしたかに気が付いた。
口の中に、苦いような酸っぱいような味が拡がっていく。
菜々美、と声をかけようとした瞬間、彼女の顔は蠢き、あの日の産声を思い出させるような泣声をあげて走り去っていった。沸き立つような怒りは収まり、後には後悔ばかりが残った。
追いかけようかとも思ったけれど、床で虚しく跳ねている金魚を見るとどうしても、足が布団から顔を出さなかった。
やがて、床の上で跳ねていた小さな影は、その動きを止めた。
私は、死んでしまった金魚に触ることが怖くて、どうしても手を伸ばすことができなかった。
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