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変わらない君へ

written by: 川淵紀和

レーンを流れてくる荷物を地域ごとに仕分けながら、いろんな街に思いを馳せることがある。名前も知らない街、いつか行きたいと思っている街、懐かしい街――。すべての荷物には、すべからず行き先がある。

ふと、実家の近くに向かう荷物を見つけて私は手を止めた。終業時間まであと少し、疲れも手伝って大きな息をつくと、脳裏に懐かしい顔が浮かんできた。

 ――幼馴染のひとみちゃんちは駄菓子屋だった。

ひとみちゃんちに遊びにいくときは、店番をしている彼女の父にまず声をかける。すると「ちょっと待っててね」とお父さんは優しい声で言って、店の奥へ引っ込む。
 
ひとみちゃんがお父さんに呼ばれて出てくるまで、私はおやつを物色する。10円ガムに5円玉チョコ、カップのラーメンスナックに、30円のソースカツもどき。100円のお小遣いでいろんな駄菓子をやり繰りするのが楽しかった。

ごくまれに、ひとみちゃんが店番をしているときもあった。私の知らないお客さん向けの笑顔を振りまくひとみちゃんは、みんなより一足も二足も先に大人の仲間入りをしたように見えた。

一方、私は大人になってもそんな営業スマイルをつくるのが苦手だった。「上手に笑顔をつくれない人は、人前に出てはいけない」――そんな思いにとらわれた私は、人と接することの少ない倉庫の仕事をするようになっていた。視線を持たない段ボール箱に囲まれて作業をしていると、なんだかほっとする。

突然、「お疲れさま!」と張りのある声が背中に響いて、我に返った。
不器用な会釈を返す私に、パートの田中さんは屈託のない笑顔を浮かべた。単なる社交辞令では割り切れない田中さんの優しさが胸に染みて、夕方の疲れに充実感の色が差した。

帰り道、私は近所のコンビニに寄り道していくことにした。どこかに寄り道をして帰りたい気分だった。

いつの間にか駄菓子屋は世界から消えていき、その代わりにコンビニがにょきにょきと増殖した。今では、幼い頃ひとみちゃんちに遊びに行ったのよりも頻繁にコンビニを利用する。そのくせ、店員の名前さえおぼつかないけれど。

コンビニのお菓子コーナーには、あのころの10円ガムも5円玉チョコも見当たらない。でも、あれから20年の歳月が経っても、ずっと変わらずそこにあり続ける駄菓子がある。

――君は変わらないね、と心の中で呟いて、微笑みながら私はソースカツもどきを手に取った。

駄菓子にしては大きいけれど、食べたからってお腹いっぱいになるわけじゃない。けれど、薄い衣の油にわずかに胸焼けすると、これまでの歳月が淡く染み込んでくるような気がした。


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プロフィール

川淵紀和

書くひと。本業はコピーライターほか。小説も書きます。お問い合わせはTwitterDMからどうぞ @vjbhmdtma

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Photo: SAKI.S


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