創業した音楽教育系スタートアップを脱退した話
共同創業したスタートアップを正式に脱退しました
先日、withTone(ウィズトーン)という自分で立ち上げた音楽系スタートアップから、身を引くことを決めた。共同創業したメンバーとじっくりと話し合った結果であり、今後は彼女がwithToneを全面的に引っ張っていく予定である。こんな風に書いてしまうと大袈裟に聞こえるかもしれないが、共同創業といってもそもそも何の投資も取れていないし、法人化にも至っていない。マネタイズもできていないし、もっと言えば2022年に入ってからはスタートアップとしても動きが停滞していたので、バリバリのスタートアップ最前線で戦っている人々からしたら、もはやお遊び程度のプロジェクトにすぎない。
それでも2020年に共同創業者と鼻息荒く立ち上げて、BizDeb担当のCEOとしてバルセロナの大学院でアントレを学ぶ傍らで、日々仮説検証と顧客インタビューに励み、アクセラやインキュベーションにも複数参加しながら、慣れない英語でブログを書き、MVPやプロトタイプを作り続け、数えきれないほどのピッチも行った。時には夜も眠らず、我ながら何かに取り憑かれたかのような熱量でやっていたことだけは間違いない。ただ、うまくいかなかっただけの話である。
だから今年になってあまり関与できなくなってしまったこともなかなか人にも説明できず、自分でもしっかりと言葉にできていなかった。結局何を言っても、ビジネスとしては何の成果も残せていないので、自己満足と言われてしまえばぐうの音も出ないからだ。けれども本当にいろんな人を巻き込み、色々な人に協力してもらい、信じられないほど助けてもらった。だからこそせめて振り返りをちゃんと言葉にしておく必要があると思うので、共同創業者と話してしっかりと脱退することを宣言したこのタイミングで、withToneを通して学んだことをここに書き記しておきたい。
もしかしたらこの内容は、同じように挑戦しようとしている誰かの踏み台くらいにはなるかもしれないし、「ちょ、お前はそんなことも分からなかったのか」とお笑い種にしてもらえるかもしれない。いずれにせよ全て実体験に基づいていた気づきではあるので、汎用性や再現性には欠けるかもしれないけれど、得られた学びを活かすための教訓として、また次に進むための決意表明として、読んでもらえたらちょっとだけ嬉しい。尚、「いいから3行で書けよ」という人のために、結論のみ箇条書きで書いておく。気になるところだけでも目を通してもらえたら、それで十分である。
コアメンバーは、決して妥協しない
学んでから作るのではなく、作るために学ぶ
アントレに正解はない
コアメンバーは、決して妥協しない
withToneを立ち上げたきっかけは、とあるアイデアソン的なイベントだった。そのアイデアソンで盛り上がった結果、折角だからこのまま続けてみようと意気投合し、3人のメンバーで立ち上げた。ユニークなメンバーでとても面白いチームだったと今でも思うし、そのメンバーが悪かったわけではない。けれども、チームとしてプロダクト開発を推進するために、必要なスキルセットがややミスマッチであったこと、また何よりもコミュニケーションの取り方が少し歪だった。具体的には、メンバーによって態度や話し方を変えるような場面が起こるようになり、そのうちチーム内でのコミュニケーションがどうにもうまくいかなくなった。結果的に何度目かのピボットの際、メンバーの1人が音信不通になってしまい、そこから残された2人での立て直しには少なくない時間とエネルギーを費やすことになった。
自分はせっかく「音楽×Techで何かやろう」と意気投合したチームを壊したくなかったし、そもそも「Biz、Design、Techという3人で始めなければいけない」という固定観念に縛られていたので、チームを解散することに対してとても臆病になっていたと思う。それ故、メンバー間のコミュニケーショに気を配りながら、どうにかプロジェクトを推進していた。もっと言えば、コミュニケーションを円滑にすることが、ある種自分の役割のように思っていた節がある。いわゆる調整仕事のみで価値を出そうとして手を動かさないダメサラリーマン的な発想の局地に、知らず知らずの間に陥っていた気がする。
当たり前だがスタートアップは、メンバーが全てだと思う。なぜなら、やると決めたその日から本当に密度高く過ごすからだ。しかも誰にも理解されなかったり、誤解されたり、共感されないようなことに価値があると信じて、一緒に推進しなければいけない。だからこそ、メンバー同士は対等に尊重しあうべきだし、そういう関係性を築けなければどんなにやりたいことが近しくても、コアメンバーとして一緒にやっていくことはできないと僕は思う。勿論、短期的な単発プロジェクトだったり、パートナーやアラインアス的に組むのであれば問題ないだろう。けれど「とりあえずスキルがあるから」や「とりあえず役割として必要だから」で絶対にコアメンバーを入れてはいけない。詰まるところ「毎日、朝も夜もその人と話すことができそうか」が、全てだと思う。
そういう意味では、メンバーが抜けた後も幾度とない修羅場をともに乗り越え、今回withToneを引き継ぐことになる共同創業者と走り続けてきたことは、withToneで得た大きな財産の一つだと胸を張って言える。本当に出会えて幸運だった。
学んでから作るのではなく、作るために学ぶ
スタートアップにも本当に色々な形があるけれど、しっかりとMVPを作って、プロダクトがちゃんと顧客に受け入れられるのか、お金を払ってくれるのかを検証していくことが重要であることは言うまでもない。その意味で、withToneは、事業推進経験がある人間も、ピュアなデザイナーも、アプリを作りきれるエンジニアもいなかったので、本当にいろいろなことを学びながら検証を進めていく必要があった。もちろん、Biz Debとして時にコンサルファームで働いていた経験が大いに生きる局面も多々あったけれど、それと同じくらいアンラーニングすることも同様に必要だった。
そんなプレッシャーに突き動かされる日々を過ごしていると、今の自分のスキルを否定しながら新しいことを学ぶ局面が出てきた時に、どうしても「向き不向きもあるよね」などと言い訳をしながら、やるべきことを選り好みしてしまっている自分がいた。具体的な例で言えば、アプリを作るためのReact NativeやFlutterの勉強に手をつけては、3日坊主になってしまうことがほとんどだった。もちろん人によって得手不得手や相性はあることはその通りなのだが、そもそも学ぶ目的は作ることであり、MVPを検証することだ。いつの間にか、学ぶこと自体をある種の目的にしてしまうことで、自らの心の平穏やプライドを保っていた感も否めない。つまるところ、事業を推進するためのスキル開発が甘かった。バルセロナの大学院でアントレを学びながら、すぐにスタートアップで学んだことを実践できる環境にいたのは、ある種とても恵まれていたことだったけれど、今思うと事業を推進するために必要なことという観点で、学ぶことを絞れていなかったのではないかと思う。
アントレに正解はない
アントレプレナーシップ(起業家精神)を大学院で学ぶ中で、気づいたことがある。昔「アントレを学ぶことは自分自身を深く知ることだ」、というエントリを書いたけれど、アントレはスタートアップを作る才能だったり、ビリオネアになるということを意味するのではなく、マインドセットであり、生き方そのものだと思う。つまるところ、自分で悩みながらも選んだ選択肢を自らの手で正解にするしかないし、何かが違うと思った時に腹の底にある自分の本心に目を背けず対峙できるか、ということに尽きる。
自分の場合で言えば、withToneを始めた本心は、コンプレックスと反骨心から来ていた。ドラムを約10年以上続けてきた中で、正当な音楽教育を受けていないが故に辛かったことが沢山あったし、また音楽に執着していることがどう他人から見られるかということに、たくさんの違和感を感じてきた。そこから「音楽がもっと当たり前にできるような人や世界を作りたい」と考えるようになり、自分が楽器初学者の頃の味わった辛い思い出を払拭するようなソリューションを作ろうという思いからwithToneを立ち上げた。これは嘘偽りない当時の自分の本心だ。
けれど、何度目かもわからない顧客アンケートで思ったような結果が得られず、心がくさくさしていた時に、大学院の授業課題で「ゴミ箱から何らかの価値を創出せよ」という超無茶振りのお題が出た。同級生と組まされたチームメンバーでうだうだと考えているうちに、「そういえば音楽作れるんだよね」という話になり、ゴミ箱の中に入っているゴミを使って様々な音を録音し、それをサンプリングして曲を作ることになった。
突然、音楽を作らざるを得ないことになってしまった(しかも1週間で)けれども「やったことはないけれど多分できるだろう」、という妙な自信と共に、夢中で取り組んだことをよく覚えている。最終的には、クラスで一番良い反応をもらうことが出来た。自分が作った音楽が特別に素晴らしかったわけでもないし、秀でていたわけでもないと思う。けれど何よりもクリエイティブなプロセスに没頭した時間そのものが最高に幸せだった。チームの皆で最終プレゼンが終わった後に飲みながら、自分の中にあったはずのコンプレックスや反骨心はどこかに行ってしまったことに気づいた。(最終的に1週間で映像まで作ってしまったのだから恐ろしい集中力だったとは思う)
本当はこの気持ちに気づいた時に、きっとwithToneについて改めて向き合う必要があったのかもしれない。「本当に自分が人生を賭けてやりたい道はこれなのか」、「新しいことが生まれたのではないか」。それでも自分が始めたスタートアップを投げ出すことは考えすらしなかった。また、当時は覚悟を決めてwithToneを推進していたし、今もそのこと自体について後悔は全くしてない。そして書ききれないくらい多くのことを学ぶことができたと思う。けれど、結果としてwithToneを脱退するという決断をした今、このタイミングまで在籍したことを次なる自分の挑戦で正解にしていくしかないのだと思う。結局、アントレに正解はない。
協力へのお礼と今後の意思表明
withToneを立ち上げた時から、色々な友人・知人に協力してもらったことに、この場を借りて心からのお礼を申し上げたい。忙しい中、何度もアンケートやインタビューに付き合ってくれたり、忌憚のない厳しいフィードバックをくれたり、貴重な人脈を紹介してくれたり、とりとめのない愚痴や相談に付き合ってくれたりした方々に、本当に本当に感謝している。にもかかわらず良い報告ができずに脱退すること、さらにはその報告自体も遅れてしまったことは、自らの力不足の一言に尽きる。(心当たりある皆さま、自分が何か力になれることがあればいつでも連絡ください。恩返しさせてもらいます。)今後のwithToneは、後を継いでくれている共同創業者が、新しい方向性を模索しながらプロダクト開発を進めていく予定である。元々デザインも開発も未経験だったのに、たった2年強でいつの間にかFigmaやFlutterをすいすいと使いこなしているので、本当に凄い。何かwithToneとして新しいニュースがあったら、大切な友人として、またいちファンとしてシェアさせてもらえればと思う。
最後に自分のことも少しだけ。もう時期的に来年の抱負みたいになってしまいそうだけれど、来年は3つのことに挑戦したいと思う。
1つ目は、「作る」こと。自分が没頭できるようなクリエイティブなプロセスは自分の人生にとって不可欠な時間なので、ちゃんと向き合いながらしっかりと積み上げていきたい。まずは音楽や文章を軸足にしながら、サボらずに自分の手を動かして作っていきたいと思う。
2つ目は、「ヒリつく」こと。去年の秋にバルセロナから帰ってきてから、東京で生活をしているうちに、だいぶできることが増えてきた一方で何だか安定してしまい、やや力をセーブしたり守りに入るような局面も増えてしまった。アントレを学んだからといって、独立しなければいけないわけでもないものの、やや退屈し始めている自分にも自覚的になる必要がある。なので、引き続き刺激的でヒリつく環境に身を置けるように意識しながら、今一度気を引き締めてチャレンジしていきたい。
3つ目は、「継続する」こと。スタートアップを始めた時に、いろいろな刺激的なものに触れる中であれもこれも手をつけてしまい、イタズラに疲弊してしまった。けれども、その結果大事にしたいものや育てていきたいものが沢山発見できた。そのうちの大きな一つは上記に書いた「作る」ことなのだけれど、それ以外にも純粋な自分の好奇心だったり、人との関係やコミュニティだったりと、いろいろとある。そういう大切なものたちを、ちゃんと続けるための努力をしていこうと思う。忙しさや怠惰さにかまけて諦めることは本当に簡単だけれど、「続けたい」という気持ちがあるものには、拘りたいと思う。そういうものの集合体が自分の人生になるのだろうと感じている。(主宰している読書会「象ゼミ」もその一つである)
ただ、これだけだとただの抽象的で煙にまいた実態のないポエムになってしまうので、やったことや新しい挑戦もちゃんと折に触れて、発信していきたいと思う所存です。2022年ももう終わりに近づきつつあるけれど、どうか皆様健康で穏やかな年越しを過ごされますように。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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