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『話せば、分かる。』人と、『話しても、通じぬ。』人。そこで、民度が窺い知れる。

 何か誤解があったり、諍いが生じると、会話もなく貝となり、音信不通のまま放置している人が結構多い。都合の悪いことについては、特に、その兆候が見られる。実に恥ずかしいことだ。

 一つ一つの問題は、ASAP(as soon as possible)にて解決して前に進む。いつまでも喉に魚の小骨が刺さった状態では、心の中がスッキリするはずがない。何事も、『話せば、分かる。』で解決すべきである。

 ただ、姑息で底意地の悪い人間に対しては、どんなに誠意を持って臨んだとしても、期待の百分の一も反応がないことを覚悟しておく必要がある。元々、『Q&A』が成り立たない人なのだから、『話せば、分かる。』が通用しない。即刻、断念するが無難だ。

 先日、数年ぶりに或る料理人へ電話をして、コロナ禍における状態を危惧し、その中で、「あなたの作る料理はリーズナブルで旨いし、ファンも多い。」と、事実を語ったのだが、返ってくる言葉が捻くれていた。

 「もう、遣る気もないので、長くは遣ろうとは思わないし。」と、どこか病んでいる。神輿を担ぐような言葉を発したつもりはないが、真意がストレートに伝わらない。悲しいかな、久しぶりの電話が無駄になった。

 実は、数年前にボランティアにて、額入りの熊本城写真3作品を提供し、それを見に来るお客へ、ハガキ大のミニ作品を無償で配布するミニ展示会を開催した店の一つであった。

 ところが、約束に反して、食事をしなければ、そのハガキ大のミニ作品をプレゼントしないという勝手なローカル・ルールを作り、売上に繋げようとしたのだ。熊本地震直後に皆を元気づけようと企画したミニ作品展。最低最悪の結末となった。

 また、別の土産屋にも同じ内容のミニ作品展を同時開催したが、そこもまた、「1ヶ月しか展示できない!」と高飛車だったのにも関わらず、筆者の作品をその後も展示して、買い物をした客のみ、ハガキ大のミニ作品を手渡していたと言う。

 良く言えば、性根逞しい。熊本地震復興のためのボランティア・ミニ作品展が、台無しとなった。地域性であると言えば、それまでのこと。しかし、他人の作品とノベルティでお客を釣って売上増を狙うのは、モラルなきルール違反である。

 それから、額入りの作品数点は、その二店舗から返却の様子もない。もしかすると、非売品である筆者の作品を売ってしまったのではなかろうかと、邪気が走る。早々にルールを破る人たちなので、そのくらいのことは、朝飯前なのかも知れない。

 このような人間は、『話せば、分かる。』ではなく、『話しても、通じぬ。』である。自らの愚行、蛮行を恥ずかしいと思わない人たちは、決して、民度が高いとは言えない。言葉は悪いが、当時、二人とも『守銭奴』に見えて仕方がなかった。

 折角の熊本地震復興ミニ展示会。今に至っては、思い出したくもないが、二度と、それらの店には足を踏み入れたくはない。しかし、今でも、「自分達は一切悪くはない!当然のことをしたまでのこと!」と言い放つに違いない。これらの人たちは、想像を絶するほどの『燕雀知らず天地の高さ』のようである。

熊本地震前に撮影した宇土櫓、大天守、小天守
熊本城大天守と武者返し

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