連載の途中ですが…とある別れの記録(2)
その電話を切ってから、10秒くらい逡巡した。
スマホの画面を見ながら
“母からの電話があった時にすぐに東京に戻れば間に合ったのではないか?”
“間に合ったほうが良かったのか?”
“なぜすぐに東京に戻らなかったのだろう?”
“おとうちゃまが死ぬことを前提に行動したくなかったんだな……私。”
“しかたない。”
それがその時の答えだった。
まっすぐカウンターの席にもどる。
Mさんには、昼にあった母からの電話のことは伝えていた。
彼女は気を遣ってくれて、明日の予定は繰り上げて一緒に東京に戻ろう、と言ってくれていた。
心配そうな彼女の横に座って、
「父が亡くなりました。」
ちょっと困り顔で伝えると
「え?」
やっぱり、聞き返しちゃうよね。
私もそうだったし、そのつもりで今日一日過ごしていなかったもの。
「亡くなっちゃった。」
涙が出るかと思ったけれど、少し目頭に滲んだくらい。
「明日、朝一で東京に戻る。」
「だから、ここのお料理はしっかり堪能しよう。」
Mさんは「大丈夫?」と聞いてくれたけれど、
私はもう目の前の1皿目に目をやって
「ここにいるのだもの、仕方ない。楽しもう!」
と、自分に言うようなこえになった。
1皿目 お造り:金目、つぶ貝、鯛
どれもそれぞれうっすらと味がついていて
口の中に入れるとそのものの甘みと香りがしっかりと上あごを伝って鼻腔にくる。
思わず目をつぶった。
“あ、こうゆうの、おとうちゃま好きだった。”
と、思うや否や、味覚が持っていかれる感覚があった。
“えらい美味しいの、食べてるやないか。”
脳内で会話が始まる。
・・・
近年の父は、噛む力が弱まって、固い食感のものはあまり食べられなくなっていた。
けれどもお寿司は多少無理をしてでもお気に入りのお寿司屋さんに出かけていくほどの大好物だった。
大将にネタの切り方をリクエストして食べやすくしてもらっていたし、
セオリーを無視して好きなネタを何回も頼んだり自由だった。
母に「そんな一つのネタばっかり食べて・・・」と言われてはムッとしながら「好きにさせてんか」と言い返していた。
自分があまり食べられなくなってからも、なにかあれば
「こんど、美味しいもの食べに行こな。」
と、自分が食べることよりも、相手に美味しいものを食べさせたい、という義務感というか、気遣いというか、
食べることで「もてなす」ことが好きな人だった。
・・・
ここ淡路島のお寿司屋さんのカウンターにいる私に、父は
「しっかり美味しいもの味わってからでええで。」
と言ってくれている。
それは、私の頭の中の願いであるとは思うけれど、
父の不調を聞いて踵を返して東京に戻らなかった自分へのうしろめたさを
この一皿目のおいしさが許してくれている、そんな、ほどけるような感覚があった。
“あ、でも、気を抜くと、おとうちゃまにこの味わいを持っていかれる。”
じっくりと味わう、そして父にこの味わいを渡す。
今、父はここでお寿司を楽しんでいる。
そんな物語りの食卓が始まった。
つづく。
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