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映画「tick,tick… BOOM!」感想

 一言で、ミュージカル作家ジョナサン・ラーソンの伝記的ミュージカルです。「30歳までに大成したい」という理想と現実の間、立ちはだかる社会問題に悩みながらも、活路を切り拓く若者達の姿に奮い立たされました。

※ここからは本編のネタバレなので、未視聴の方は閲覧注意です。
 一流のミュージカル作曲家を目指す青年ジョナサン・ラーソン。彼は「30歳までに名を上げたい」という思いに駆られ、中々芽が出ない自分に焦りを感じていました。30歳に向けてカウントダウンが始まるなか、芸術で仕事を得ていく難しさ・恋や友情の悩み・立ちはだかる社会問題にぶつかりながらも、「最高の作品を作りたい」という目標に一心不乱に向かって行きます。そんな彼が、夢を追いかけた先に待っていたものとは…。

1. ジョナサン・ラーソンとは?

 ジョナサン・ラーソン (Jonathan Larson, 1960年2月4日 - 1996年1月25日) は、アメリカ合衆国の作曲家、脚本家です。作品の中で多文化主義、依存症、ホモフォビアなど社会問題を描いています。代表作品には、「tick, tick... BOOM! 」(1990年)や「RENT」(1996年)などがあります。没後、ロック・ミュージカル「RENT」でトニー賞3部門、ピューリッツァー賞 戯曲部門を受賞しました。
(一部、Wikipediaより引用)

 本作「tick, tick... BOOM! 」は、ジョナサン・ラーソンがミュージカル作曲家・脚本家としてスターダムをかけ上がるきっかけになった作品で、1990年、彼が30歳になるまでの一週間を描いたミュージカル作品です。作風は、シリアスとポップが共存しており、暗い世相の中でも、それに抗うように前向きに創作していく彼の姿勢が表現されています。
 本作は、彼が人生を「回想」する形式で話が進んでいきます。ジョナサン役のアンドリュー・ガーフィールドのピアノ弾き語りから物語が始まり、それにシンガーのソロやコーラスが加わって、音楽に重厚感が増していきます。彼の熱演が本当に素晴らしく、まるでジョナサン本人が乗り移ったようでした。実際、本人のお写真もよく似ていました。ラスト、これまでジョナサンにとって人生で関わってきた人々が観客として席に座る様子は、正に、「人生は演劇」で、「事実は小説よりも奇なり」だと思いました。そして、元彼女のスーザンの席が「予約席」で、遅れて来る演出は粋なものでした。

 ジョナサン・ラーソンですが、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとの「共通点」があると思いました。両者とも、幼少期から音楽の才能を発揮し、「インスピレーション」によって曲の構想を得ていたところです。
 モーツァルトは音楽一家に生まれ、幼少期から「神童」として音楽の才能を発揮していました。そして、彼は、即興で曲を作るスタイルで、インスピレーションによって曲が頭の中で生まれると、それをすぐに楽譜に書くという人でした。楽譜には、写譜のようで、殆ど校正の跡がなかったようです。そして、そのインスピレーションを与えたと言われているのが、妻のコンスタンツェでした。
 一方、ジョナサンも幼少期から楽器演奏や芝居のパフォーマンスに長けており、高校時代には演劇にのめり込んで、数々の舞台で主役を演じていました。彼は、バイト先のダイナー「MONDAY」や、スーザンとの恋愛、ルームシェアした友人たちとのパーティなど、日常生活に「インスピレーション」を得て、作曲していました。

2. 「30歳」という年齢への焦り〜発想の転換

 本作のタイトル「tick, tick… BOOM!」について、とても個性的なタイトルですが、「tick, tick… 」は時計の針が進む音、「BOOM!」は爆発音です。つまり、彼は自分を「時限爆弾」に例えていたのです。彼は、「今まで成功してきた人間は、皆30歳までには成功していた。」と言い、大学卒業から8年間ミュージカルを創ってきたけど、何も芽が出ないことに焦りを感じていました。
 これは、一つには占星術で言う「サターン・リターン」の状況だったのかもしれません。「サターン・リターン」とは、占星術の用語で、土星(サターン)が黄道を一回転して、元の地点に戻ることで、土星回帰とも呼ばれます。土星の回転周期は約29年で、誰でも29-30歳位に、最初の「サターン・リターン」を迎えると言われています。これは人生で大きな転機となりやすく、土星によって、自分の人生の現実を突きつけられる事になるので、一般的には「厄年」と言われ、喜ばしくない現象に捉えられています。しかし、地道に努力を重ねてきた人にとっては、長年の苦労の現実化という果実をもたらすとも言われています。(コトバンクより引用)

 ジョナサンは、当初は「スーパービア」というSF作品を創ろうとしていましたが、それでは全く売れませんでした。そんな中、ジョナサンのエージェントであるローサは、「ただ自分が作りたいものを発表するだけではなく、皆が、時代が『何を求めているか』を知り、それを表現していくことが大事。そのヒントは『日常生活』にあると思う。たとえ作品が売れなくても、諦めずに書き続けることが、成功の鍵になるかもしれない。」とジョナサンに伝えます。その言葉を聞いた彼は、恋人や友人との交流や離別、それを取り巻く時代の流れを体感し、「もっと皆と話し合えばよかった」と気がつきます。そして、周囲の人間を大事にすることを誓い、日常生活から得られる「インスピレーション」を取りこぼさないよう、意識するようになりました。それから、彼の人生の歯車は大きく動き出したのです。

※尚、本作と占星術は一切関係ありません。人生における「30歳」という年齢で起こりやすいことを関連して考えたのみです。

3. 夢と現実の間〜人生で何を選択するか?

 本作では、ジョナサンの他に、恋人のスーザンと、親友のマイケルが登場します。スーザンは大学では生物学を専攻し、同時にコンテンポラリーダンスに傾倒しました。卒業後はNYでダンス修行を終え、劇団に入団したものの、怪我により思うようにダンスの仕事が得られません。彼氏のジョナサンとは「一緒に暮らしたい」と願いながらも、中々踏ん切りがつかない彼に煮え切らない思いを抱いていました。
 マイケルは、ジョナサンとは幼馴染で、共に演劇の道を志した同志です。NYで一旗揚げたいと一緒に上京しましたが、やがて不安定な芸術の仕事に見切りをつけ、演劇の夢を諦めて会社員になりました。
 ジョナサンら上京した芸術家志望の若者たちは、お金がないこともあり、ルームシェアしていました。彼らは、苦しい生活の中でも、「何かを成し遂げたい」という夢や、「何者かになりたい」願望を抱いて、日々を過ごしていました。しかし、一方で人生で「何も成し遂げられない」という呪縛にも囚われる者もいたのです。
 やがて、3人もそれぞれ道を分つことになります。ジョナサンはスーザンと交際を終了し、マイケルとも仕事や人生の価値観が噛み合わなくなっていきます。このような出会いと別れの表現は、「人生の選択の違いによる切なさ」をヒシヒシと感じます。ここはまるで、映画「ラ・ラ・ランド」のようでした。

 ちなみに、ルームシェア時代のパーティーの際に、即興でジョナサンが作った「ボーホー・デイズ」は、観客である私達もノリノリになる曲でした。また、彼が作曲した「MONDAY」は、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」のオマージュです。ちなみに、「ボーホー」や「ボエーム」は「ボヘミアン」のことで、「流浪の民、伝統や慣習にこだわらない自由奔放な生活をしている者」という意味です。

4. 立ちはだかる社会問題〜マリファナと同性愛、AIDS

 作中、マイケルはジョナサンに「マリファナを吸ったことがある」こと、「ゲイ」であること、さらに、「AIDS」に感染したことを告白します。しかし、1990年当時のロナルド・レーガン政権下では、「AIDSの薬を承認しない」ことが表明されていたので、病院では碌な治療を受けられず、死を待つのみの運命でした。
 「俺の方が時間は切実なんだ」、そんなマイケルが歌った曲「REAL LIFE」が凄かったです。自分の運命を諦観しながら一人で窓を見て泣くマイケルと、2人での思い出を回想し、胸に夜中の公園を疾走するジョナサン、彼らは「静と動」の対比ですが、それぞれの熱い想いが強く伝わってきました。

 尚、本作で取り上げられた「ゲイとAIDS」については、映画「ボヘミアン・ラプソディー」で出演したQUEENのボーカル、フレディー・マーキュリーを思い出しました。

5. ミュージカル「RENT」への成功の階段と、突然の死

 しかし、ジョナサンは、ミュージカル「RENT」 のオフ・ブロードウェイ・プレビュー上演目前、開幕日の当日早朝に大動脈瘤解離でこの世を去りました。享年35歳の短い生涯でした。本作を観ていると、「30歳を目前に焦っていた」彼は、何かこの運命を「予感」していたのか?ようにも感じます。しかし、未来のことは誰にもわからないです。「人間は誰しも時限爆弾を持っている。だから、やりたい事は迷わずにやろう。」ということなんでしょうね。また、彼は、これからの時代を生きる若者に向けても、強いメッセージを残しています。「籠の鳥か空を飛ぶ鳥か、何方を選ぶのか?」、「何故人間は、危険とわかっていながら、災難が降りかかるまで真実に気がつかないのか?そんな時代に『疑問』を持て。その答えは「言葉」ではなく、『行動』で示せ。」、「恐怖か愛か、どう彼らを飛び立たせていくのか?」、このように、どんなに人生や時代が苦しくても歩みを止めない、思考し続けようと人々を鼓舞したジョナサンの姿に感動しました。

6. 今年は、リン=マニュエル・ミランダ制作の作品が目白押し!

 本作は、ミュージカル作曲家・脚本家として名高いリン=マニュエル・ミランダが監督を務めています。2021年には、「イン・ザ・ハイツ」・「ハミルトン」・「ミラベルと魔法だらけの家」などを手掛け、ヒットに導いています。

 彼の作品は、歌やダンスがコミカルで、とても元気になって、思わず吹き出してしまうくらい面白い演出が魅力的です。また、若者の心を掴むのが上手いとも感じます。しかし、作風の癖が強いので、結構歌は難しいですね。(褒め言葉ですよ。)

 私が本作で印象に残ったシーンは沢山ありますが、特に印象に残ったシーンを4つ挙げます。
 ①マイケルの住むタワマンにて、ジョナサンとマイケルが手を取り合って舞踏会のように踊るシーン、過去にルームシェアしていた部屋でコミカルに踊るシーンは、あまりにも面白くて、まるでディズニーやピクサー、ドリームワークスのアニメを観ているかのようでした。
 ②「セラピー」は、コミカルなジェスチャーで、まるで操り人形が動いているかのような表現でした。尚、このシーンは、回想ではジョナサンとスーザンが喧嘩して、別れ話になる場面ですが、実際には、ジョナサンの「弾き語り舞台」で、ジョナサンと別の女優で表現されていました。ここは、ミュージカル映画「シカゴ」の一シーンで、腹話術人形と弁護士、記者が揃って記者会見するシーンを思い出しました。「シカゴ」では、人形だけど、「心の声」が出るような表現が面白かったです。本作では喧嘩なのに、「本音をぶつけられない」2人が人形のようになって、「心の声」をぶつけるシーンが、「シカゴ」に似ていると思いました。
 ③「スーパービアのワークショップ」での俳優たちによる合唱シーンは、まるで自分も加わっているかのような臨場感がありました。
 ④ジョナサンがプールで泳ぎながら、曲を思いつくシーンで、プールの底の境界線が五線譜になって曲が完成されていく、「30m」の表示が30歳になり、彼が誕生日を迎えたことがわかる演出が圧巻でした。

 今後この調子で実績が続けば、やがてアラン・メンケンや、アンドリュー・ロイド=ウェバーのようなミュージカル作曲家の権威になっていきそうです。(日本人で例えるなら、久石譲氏クラスの方) 本当に、今後も益々のご活躍が期待されます!

 鑑賞後、ジワジワと感情が押し寄せて、涙が溢れてくる作品でした。尚、本作は大人向けミュージカルで、「大人が夢や仕事に悩み、社会問題と闘う現実的なストーリー」なので、ファミリーミュージカルに多い「皆でワイワイ楽しい、ハッピーエンド!」という方向性を期待すると、「思っていたものと違う」と感じるかもしれません。

 ちなみに、「RENT」は高校生時に合唱曲として採用されたときに、一度鑑賞したのですが、あまりにも「重く、衝撃的な」内容だったため、高校生の頭では理解できませんでした。でも良い作品なので、今のアラサーで再度鑑賞したら、何か違うものが得られるかもしれません。

 尚、本作は、一部映画館で上映と、Netflixの配信がありますので、興味がある方は是非ご鑑賞ください。(映画館は1ヶ月前公開だったので、もう大分少ないかもしれませんが。)

 少し調べたところ、本作は2003年から数回に渡って、山本耕史さん主演でミュージカル化していたんですね。こっちも観てみたくなりました。

出典: Netflix「tick, tick… BOOM!」
https://www.netflix.com/jp/title/81149184

ジョナサン・ラーソン
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3

tick,tick...BOOM! オフ・ブロードウェイ・ミュージカル チック,チック...ブーン!
https://www.mbs.jp/brava/public/play/boom.html

町山智浩さんのレビュー動画
https://youtu.be/P_4EsUxfVws

サターン・リターン〜コトバンクより
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3-1491953#:~:text=%E5%9C%9F%E6%98%9F%EF%BC%88%E3%82%B5%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%EF%BC%89%E3%81%8C%E9%BB%84%E9%81%93%E3%82%92,%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%92%E8%BF%8E%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%82

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