記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「シチリアを征服したクマ王国の物語」感想

 一言で、シチリアの人間とクマ達の「争い」と「共存」を描いています。シュールで面白いですが、内容は意外とハードでビターな結末は切なかったです。

評価「B+」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 冬のイタリアのシチリア、旅芸人のジェデオンとアルメリーナは、山越えの途中で吹雪に見舞われ、洞窟で暖を取ります。すると、穴の奥から冬眠から起きてきた老クマが現れます。二人は食べられたら大変だと思い、老クマに古くから伝わる「シチリアを征服したクマ王国の物語」の劇を見せます。

 遠い昔、イタリアのシチリアの山奥でクマの王レオンスと息子トニーは平和に暮らしていました。しかし、ある日突然トニオは人間に連れ去られてしまいます。途方に暮れたレオンスでしたが、仲間達の助言により、雪山を降りて人間の街へ探しに行きます。
 しかし、シチリアを治めていた大公は暴君で、魔術師デ・アンブロシスからクマの到着を聞かされると、軍隊を率いてクマ達を襲います。それでもクマ達は、諦めずにあの手この手を用いて、人間達と「対決」し、「交渉」を望みます。
 そんな中、ひょんなことから魔術師はクマ達のために、うっかり自分の魔法を使ってしまいます。それからも魔術師が、大公とクマ達に「二枚舌」を使い続けたことで、人間とクマの距離は徐々に「近づいて」いきますが…

 原作は、ディーノ・ブッツァーティ著の同名の児童文学で、1945年に発表されています。人間をクマになぞらえ、ギャグや風刺、皮肉を含みつつも普遍的な教訓を語ります。「暴君を倒して解放者になった新王も、時が経つにつれて曇り、王国を混乱に陥れてしまう」という示唆に富んだ作品です。
 日本語訳は、宮沢賢治研究で知られる天沢退二郎氏と増山暁子氏が手掛けています。

 尚、本作のヒロインのアルメリーナは、映画版のオリジナルキャラクターとなっています。原作は男性だらけの物語ですが、本作で紅一点の彼女はトニオとの「恋」を経験し、自分自身のアイデンティティーの認識や異文化共存、共生の難しさと大切さを学びます。

1. 作画と脚本の癖が強めだが、シンプルでわかりやすい。

 本作は2Dアニメ映画です。色彩は豊かで、まるで絵画や絵本、小説の挿絵から飛び出してきたような、生き生きとした躍動感がありました。クマはクマですが、中に本当に人間が入っているかのような細かな動きが再現されていたのは良かったです。
 また、結構「シュール」な作風で、クマがぬいぐるみのように丸々と太っていたり、大公や魔術師の体格が棒人間のように細かったり、鼻や顎が強調されていたり、一度見たら忘れられないくらい印象に残るビジュアルのキャラが多かったです。(何故かジェデオンとアルメリーナの容姿は普通でした。)
 そして、全体的に「左右対称」なフォーメーションが多く、山や谷などの地形・兵隊の隊列・お城の形がシンメトリーに見えたのは特徴的でした。
 さらに、音も「リアル」で、動物達の鳴き声・水の音・風の音・大勢の足音など、音がまるでその場から発生しているようだったのも良い演出でした。BGMも結構ユルユルなので、聴き心地は良かったです。

 ストーリーもシンプルなので、子供でもわかりやすいと思います。約80分という上映時間も妥当で、最後まで飽きず疲れずといった感じでした。本作に限らず、大人も子供も引き込みたいなら、「これくらいシンプルにしたほうがいい」と思います。※最も、近年の邦画アニメは、企画から「捏ねくり回し過ぎて、結局捻じれたまま」発表される作品が目立つので、余計にそう思いました。
 一方で、結構ハード・シリアス・ブラック・ダーク・ビターなシーンが多いので、ここは良くも悪くも作画や演出との「大きなギャップ」になっています。前述した、「自分自身のアイデンティティーの認識や異文化共存、共生の難しさと大切さ」といったテーマは現在「ホットスポット」な故に、「現実」と重ね合わせると、精神的に来るものがありました。

 本作は、フランスとイタリアの合作で、原語版はフランス語となっています。日本語吹き替え版では、柄本佑さん・伊藤沙莉さん・リリー・フランキーさんなど、豪華声優陣が務めています。私は字幕版で鑑賞しましたが、原語版のアルメリーナのハスキーボイスから、日本語版は伊藤沙莉さんがピッタリだと思いました。

2. 色んな童話や漫画、アニメを組み合わせている。

 前述より、本作は意外とハード・シリアス・ブラック・ダーク・ビターななアニメです。戦争・魔術・殺害・幽霊・死別・統治・疑惑・賭事・怪物・離別といった扱いの難しいテーマは極めて強烈でした。
 また、色んな童話や漫画、アニメからのオマージュもありました。若干の「既視感」はあるものの、そっくりそのまま利用するのではなく、独自の思想に作り変えてメッセージを発信していました。以下、それらを箇条書きで説明します。

・風刺や皮肉のスパイスが効いた教訓話の作風は、同じイタリアの童話「ピノッキオ」や「日本昔ばなし」を彷彿とさせます。

・クマが主人公というのは、ディズニー映画の「くまのプーさん」や「ブラザー・ベア」を彷彿とさせます。特に、親子離別や擬似家族というテーマは「ブラザー・ベア」と重なるものがありました。

・父が王様、子が王子という王家の継承や統治者・為政者というテーマは、「ライオン・キング」や「ジャングル大帝」を彷彿とさせます。

・人間界と動物界の触れ合いやぶつかり合いは、「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」や「平成狸合戦ぽんぽこ」や「ウルフウォーカー」を彷彿とさせます。特に熊や猪の大群の描き方が、「もののけ姫」に似ています。

・大勢での統率の取れた戦争シーンや「左右対称」の構図は、「バーフバリ 王の凱旋」みたいでした。

・人間に捕らえられたトニオは、サーカスの売れっ子になります。サーカスと動物との関わりは、「ダンボ」や「ジャングル大帝」を彷彿とさせます。

・悪魔城の「お化け」のシュールさや秘密の邸宅の庭の奇妙さは、「ファンタジア」や「不思議の国のアリス」みたいでした。

・レストランにて巨大山猫がクマ達に襲いかかるシーンは、宮沢賢治の文学「注文の多い料理店」の大山猫みたいでしたし、人間が持ち込んだ爆弾を飲み込んだ山猫が爆死し、食われた熊たちがワラワラと腹から出てくるシーンは、「おおかみと7匹のこやぎ」みたいでした。

 本作も、ファンタジーアニメ映画故の「突っ込みどころ」は多いですが、そこも面白さの一つとなっており、特に脚本の「破綻」は、見られませんでした。

3. 「おとぎ話」だけど、おとぎ話の「綺麗事」にしない。

 本作では、旅芸人が老クマに昔の伝説を劇形式で語り、「回想」として物語が進みます。一度旅芸人の語りが終わり、「ハッピーエンド、めでたしめでたし」といった感じで締めますが、老クマは「君達が知らない話がある」と言い、続きを語ります。          
 実は、本作には「3つのクマの物語」がありました。「人間が知っているお話」・「クマが知っているお話」・「『老クマ』だけが知っている秘密のお話」です。
 本作で視聴者に語られるのは、前2つの話です。これより、伝説やお話は「語り手によって、随分と内容が変わってしまう」、皆自分達の「都合の良いように」話を書き換えてしまうことを身につまされました。
 特に、「クマと人間の『共存』」とは何か?「一緒に暮らすだけで相手をは『理解』した気になるのは『傲慢』ではないか」という重いけど深いテーマには考えさせられるものがありました。

4. 「悪人」が生まれる瞬間が描かれる。

 実は本作の「ラスボス」は、人間ではなく、とあるクマなのです。彼は、最も早く「人間の世界」に興味を持ち、持ち物(帽子)を手に入れました。
 彼も最初は志の高い清きクマで、レオンスの忠実な部下でした。しかし、「人間に憧れ、近づきすぎた」故に、善悪の道を踏み外し、ひいては人間とクマの間に大きな「溝」を創っていくのです。
 これは正に、「悪人が生まれる」瞬間が描かれていました。結局、レオンスは最期に「彼」のことを悔やんでいました。そして、クマ達に人間達と別れ、森へ帰ることを命じます。そして、息子のトニオに先頭を託します。次はお前が「クマの王」だと。トニオはアルメリーナや魔術師に別れを告げ、皆を引き連れて森へ帰りました。

 ここは正に、「風の谷のナウシカ」の「王蟲!!森へお帰り、ここはおまえの住む世界じゃないのよ。」や、「もののけ姫」の「生きろ、そなたは美しい。」や「それでもいい。サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。共に生きよう。会いにいくよ、ヤックルに乗って」の精神なんでしょう。

5. 老クマがアルメリーナに「耳打ち」した秘密って何だろう? 

 前述した「『老クマ』だけが知っている秘密のお話」については、遂に視聴者に明かされることはありませんでした。ジェデオンがアルメリーナに聞いても、「秘密よ」とはぐらかされ、物語は終わります。
 ここからは、個人の主観による考察になりますが、旅芸人の「アルメリーナ」と、お話の「アルメリーナ」には、何らかの「関連性」があると思います。実は、老クマがトニオで、お話のアルメリーナは旅芸人のアルメリーナの「祖母」とか?(年月的に。) 最も、両者の顔がそっくりなので、血縁者の可能性は高いと踏んでいます。

 本作、面白くて良い作品だったので、私は気に入ったのですが、小規模上映なのが本当に勿体ないです。(ミニシアターでも数少ない上映数)
 でも、数ヶ月後〜数年後にNHKEテレで放送してそうな内容なので、またいつかお目にかかりたいですね。

出典:
・「シチリアを征服したクマ王国の物語」公式サイトhttps://kuma-kingdom.com/

・「シチリアを征服したクマ王国の物語」公式パンフレット

・【ジブリ】風の谷のナウシカの名言・セリフ集https://meigenkakugen.net/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E8%B0%B7%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%82%AB/

・そういう考え方もあるよねっていう何でもありの雑多ブログ〜【もののけ姫】「生きろ、そなたは美しい」の意味を考えてみた。

https://kangaeruashi.hatenablog.com/entry/2016/05/17/213411




この記事が参加している募集