記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「ミッドナイトスワン」感想

 一言で、草彅剛さんのトランスジェンダー女性役作りは素晴らしく、またバレエの美しさに魅せられる作品です。現代のLGBTの方が抱える問題を深く掘り下げていますが、あまりにも救いがなくて悲しすぎるので、本編ではない別の結末も見たかったです。

 故郷を離れ、新宿のショーパブのステージに立ち、ひたむきに生きるトランスジェンダー凪沙(なぎさ)(演:草彅剛)は、ある日、養育費を目当てに、育児放棄にあっていた親戚の沙織(さおり)(演:水川あさみ)の娘一果(いちか)(演:服部樹咲)を預かることになります。常に片隅に追いやられてきた凪沙と、孤独の中で生きてきた一果。 理解しあえるはずもない二人が出会った時、かつてなかった感情が芽生え始めます。

・良かった点

 まず、草彅剛さんのトランスジェンダー女性の役作りは、大変素晴らしく、本当に綺麗だと思いました。冒頭のパブでのメイクシーンでスッと引き込まれ、喫煙シーンもカッコ良かったです。人前に立つ仕事をこなす度胸と同僚の相談にも乗る優しさを持つ彼女ですが、内面は孤独を抱え、精神安定剤が手放せない状態でした。一果に対しても最初は「子供は嫌い」とあしらい、ただの同居人として扱っていましたが、紆余曲折を経て「本当の親子」のようになっていきます。しかしそれは同時に「共依存」的な危うさを感じさせるものでもありました。一番印象に残ったシーンは、凪沙が一果を抱きしめ、「私たちのような人間は一人で生きていかなきゃいけんのよ」と諭すところです。「社会で生きていくためには強くあらねばいけない」と自分に言い聞かせながらも、実は「誰かのため」に行動してしまう、でも本当にそれは「その人のためなのか」、結局は自分の心の空洞を誰かで埋めようとしても、それを埋められるのは自分自身でしかないことを突きつけられ、胸が苦しくなりました。
 次に、一果役の服部樹咲さんの演技もとても光っていました。彼女は本作が女優デビュー作ですが、バレエシーンには心を打たれました。(本作のバレエ演目は、実際の登場人物との対比になっています。) また、ストレスから自傷行為に走り、人に頼ることが出来なかった彼女が凪沙と関係を築くことで成長していく姿には、目を見張るものがありました。個人的には、髪を下ろした姿が蒼井優さんに似ている気がします。(どちらもバレエ経験者ですね) これからがとても楽しみな女優さんでした。
 また、一果のバレエ教室の友人りん役の上野鈴華さんの演技力も良かったです。お金持ちの家に生まれながらも、両親は上っ面ばかりの行動・言動で本当の自分を見てくれず、やさぐれていく姿は気の毒でした。りんは母親の期待を背負ってバレエを続けていますが、怪我で断念せざるを得なくなります。一果がバレエの実力を伸ばしていく一方で、りんは晴れ舞台から去っていく、飛び立てる白鳥とそうでない白鳥がいる、芸能の世界の厳しさが伝わってきました。一果とりんの関係性は「百合」を匂わせるもので、形は違えど「毒親」から育つ子供という共通点で結びついた危うさを孕んでいました。りんが嫉妬に苦しんで一果を引きずり下ろそうとするシーンはとても醜いですが、人間の生々しさがしっかり伝わってきました。
 他にも、バレエ講師役の真飛聖さんは、立ち姿やダンスシーンが美しく、流石タカラジェンヌだと感嘆しました。草彅剛さんとはこれまでも共演されていますが、今回はまた一味違った関係性でした。凪沙を「お母さん」と呼んだシーンが好きです。
 さらに、パブのオネエさん方の演技も良かったです。特に、実名と源氏名の現実での扱いには、ハッと気付かされるとともに、胸が痛くなりました。凪沙の同僚の瑞貴さんがトラブルを起こした際、警察に名前を聞かれて「男性の実名」を答えるシーン、凪沙が「男性」の仕事に就いたとき、本名の「健二」とヘルメットに記名するのを一瞬躊躇うシーン、海での男女の水着の違いを説明するシーンは、体と心の性のズレに対する辛さがしっかりと表現されていました。
 一方で、社会でのLGBTへの理解の浸透度の低さは、凪沙が「男性」として就職しようと会社の面接を受けたときのデリカシーのない男性面接官が物語っていますが、私はこの人を「責める」ことはできませんでした。デリカシーのなさには腹が立つものの、自分がこの立場にならないとは言い切れなかったからです。寧ろ、正解のない「問い」を「理解し続けようとする」難しさで歯痒い気持ちになりました。

・個人的に疑問に感じた点

 まず、一果と実母の関係性が序盤と中盤で変化しているのですが、そのきっかけがわかりにくいように感じました。序盤では実母は外で一果を殴っていたことで児童相談所に通報されて、一時保護扱いを受けますが、その期間が終了し、娘と再会した時には「私は変わったのよ」と言い、「良い母親」として振る舞います。娘のバレエコンクールに来たり、中学の卒業式では表立っては嫌な感じを見せたりしないものの、どこでどう彼女が「変わった」のか、もっと過程を丁寧に描いた方が良かったように感じました。その証拠にヤンキー気質は変わっていないし、親戚の凪沙が「本当に女性」になったことを知ると、暴言を吐き、一果の実父とともに凪沙を実家から追い出したので、外面だけで根は変わっていないと思います。一果を凪沙から引き離すためには必要なシーンだったのかもしれませんが、そういう舞台装置のみの扱いでは少し不十分だと思います。
 また、りんの「退場(ここでは敢えてこう言います)」も、唐突で不謹慎な演出に感じました。人間はこの世に絶望すると、「ハイ」な気分になり、もう誰の言葉も響かなくなるというのはよくわかりますが、「屋上での結婚パーティー」という場面で、その後の展開が予想できてしまったのは残念でした。結婚式という幸せな場面で最大の不幸に叩き落とす、ある意味「両親への復讐」だったのはわかりますが。一果とりんが同じバレエ音楽(アレルキナーダ)をかけながら違う場所で踊る演出は見事でしたが、結末を考えると不謹慎な演出にも思えます。コンクールの本番、一果は一瞬「座席にいるりん」を見て何かを察したように見えましたが、その後すぐに実母に「上書き」されてしまいました。その後、一果はりんを思い出すことはなかったのでしょうか。
 さらに、一時保護後に広島に帰っていた時は、悪いダチとつるみながらも、中学校ではまともな友達も出来ていたようです。また、プロ有望でバレエ講師が出張レッスンをするほどでしたが、一体月謝や遠征費はどこから出ていたのかは謎でした。(実母と実家に稼ぎがあるようには思えない、一部凪沙が負担し続けていたのか、でも凪沙と実母は「絶縁状態」なのにお金を受け取るか?) コンクールを観たからと言ってすぐに実母がバレエに理解を示すとも思えません。最も、講師は「月謝免除」の件を凪沙には伝えていたものの、実母に伝えたシーンはないです。もしかしたら尺の問題でカットされたのでしょうか。一果がバレエの夢を叶える伏線としては必要でしたが、この辺の説明が不足していたように思います。
 最後に、凪沙が「女性の体を手に入れるためにタイで手術を受けたが、メンテナンスを怠ったために、敗血症と失明の悲劇に襲われた」シーンですが、今の性転換手術のレベルではこういった重篤な症状になることはほぼなく、悲劇的に描きすぎという批判が相次いだそうです。私は医者ではないので断言できませんが、このシーンを観て、性転換手術に恐怖心や偏見を持つ人がいないとも限りません。確かに、性転換手術にはリスクがあるとの報告はなされているようですが、それは肉体的なダメージよりも精神的なダメージの方が強いそうです。(体の変化へのストレスや周囲の人間の無理解など) 最も、ラストは凪沙と一果の「共依存親子」の因果を断ち、一果が白鳥として旅立つための結末だったのかもしれませんが、あれでは凪沙のようなトランスジェンダーの方を「悲劇的存在」として捉えかねない危うさを感じました。個人的には、「病院に入院しながらもテレビや新聞、SNSで一果の活躍を知って喜ぶ」結末も見たかったです。

 ここまで書きましたが、全体的には観て良かった作品です。昨年度の日本アカデミー賞では沢山の賞を受賞したことで、再上映される映画館があるので、もし興味がありましたら、一度ご覧になって良いと思います。


この記事が参加している募集

映画感想文