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映画「アメリカン・ユートピア」感想


 一言で、元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーン氏による同名のライブ映画です。構成はシンプルながらも、不思議な世界にグッと引き込まれました。特に、後半の盛り上がりが凄かったです。

評価「B」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 本作の原案となったのは、2018年に発表されたデヴィッド・バーン氏のソロアルバム「American Utopia」です。14年ぶりとなった本アルバムは、グラミー賞候補となりました。この作品のワールドツアー後、2019年秋にスタートしたブロードウェイのショーが大評判となりました。
 しかし、2020年は世界的コロナ禍のため、再演を熱望されながらも、幻・伝説のショーとなりました。

 本作の映画化を手掛けたのは、スパイク・リー氏です。彼はアフリカ系アメリカ人で、「ブラック・クランズマン」でオスカーを受賞しています。映画を通して、観客に社会問題を強く提起し続けています。



1. デヴィッド・バーン氏やバックのパフォーマー達が本当に素晴らしい。




 まず、本作の「主演」は、デヴィッド・バーン氏です。彼は、1952年5月14日にスコットランドのダンバートンに生まれ、カナダ、アメリカへと移住した移民です。1974年から1991年まで、ロックバンド「トーキング・ヘッズ」にて、ボーカル兼ギターを担当していました。バンドは1991年に解散しましたが、2002年には、「ロックの殿堂」入りを果たしました。
 また、映画音楽は「ラストエンペラー」(1987)で、坂本龍一氏らと共にアカデミー賞の作曲賞受賞経験もあります。

 また、バックの11人のパフォーマー達が本当に素晴らしく、ダンサー・ギタリスト・ベーシスト・キーボード・パーカッショニストなど、多岐にわたる才能を開花させていました。また、彼らは見た目も出身国も異なる「多国籍」バンドで、老若男女いました。どの人もチームワーク抜群で、心から音楽を楽しむ様子が伝わってきました。

 尚、私は本コンサートやトーキング・ヘッズ、ディビッド・バーンについては、ほぼ予備知識なしで観ましたが、とても楽しめました。
 私は元々、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」が好きで、「トーキング・ヘッズ」と「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」は、作品に登場するキャラクターのスタンド名(必殺技のようなもの)として、認識していました。※尚、作品内での名称は、「トーキング・ヘッド」。作者の荒木飛呂彦氏が洋楽がお好きなこともあり、キャラの名前やスタンド名の多くが洋楽モチーフとなっています。

2. バーン氏の独特の切り口で語るトークが面白い。


 バーン氏は、曲間でトークを挟みつつ、コンサートを盛り上げますが、それはとても独特でユニークなものでした。彼は時折、皮肉やジョークで観客の笑いを取っていましたが、一方で哲学的な問いや有権者の話など、真面目な話もしていて、そのギャップの大きさが終始面白かったです。

 例えば、序盤では人体模型の「脳みそ」を取り出して、突如「人間の脳細胞は加齢によって減っていき、本当に必要なニューロンの繋がりが残る」といった、不思議な「脳みそ講座」を始めていました。
 また、「人と会うのは大変、でも会わないと始まらないから、このエリアの人々とはアプリで知り合ったよ」と、今時なジョークを飛ばして観客の笑いを取っていました。
 そして、「私は何者?どう生きるの?そんなことを考えるから人間は面白い」といった「哲学的な問い」を観客に投げかけたと思ったら、「世の中を変えたければ、選挙に行きましょう。社会を変えるのは貴方の意見です」といった真面目な「有権者の話」に持っていったので、全く飽きることがなかったです。こんなに豊富な引き出しを持たれているということは、彼自身が常日頃から世の中に疑問を持ち、その中で自分はどう動くかを考えている、頭の良い人なのだなと感嘆しました。



3. シンプルな構成だが、世界観にグッと引き込まれる。



 本作のステージは極めてシンプルな構成でしたが、全編を通して、演出が大変面白く、バーン氏やパフォーマーさん方のセンスの良さが光っていました。
 ステージの幕のイラストは、恐らくバーン氏が手掛けたものかなと思いますが、とてもユニークなセンスをお持ちのようです。

 本番では、バーン氏とパフォーマー達は、お揃いのグレーのスーツに裸足で、楽器の配線を敢えてなくして自由自在に動き回っていました。

 どの曲のパフォーマンスも衝撃が強すぎたのですが、その中でも印象に残った作品を以下に記します。※ベストと次ベストの曲については、次の章で書きます。

「Here」では、エアロビクスのような不思議でシュールなダンスを披露しており、思わず真似したくなりました。まるで、アーティストの「YMO」を見ているみたいでした。ここでバーン氏による奇妙な「脳みそ講座」が開催されました。

「I Zimbra」は、まるで、アフリカ言語みたいな謎の言葉の歌で、正直何を言っているのか聞き取れませんでした。しかし、頭の中ではリピートしてしまうくらい、中毒性が高いのです。
 この曲は、トーキング・ヘッズ時代の作品で、歌詞には、ダダイスト詩人のフーゴ・バルのナンセンス詩からの借用が見つかります。このナンセンス詩には、「意味を為そうとすることを止めるべき(stop making sense)」というメッセージが込められています。
 ※「ダダイズム」とは、1910年代半ば、第一次世界大戦中のヨーロッパやアメリカで起きた芸術運動です。第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底思想に持っており、既成の秩序や常識に対する否定、攻撃、破壊を大きな特徴としています。ダダイズムに属する芸術家たちを「ダダイスト」と呼びます。冒頭の「ダダ」とは、辞書から無作為に選んだ意味のない言葉です。
 ダダイストの代表者としては、サウンドアートの先駆けと言える音響詩「ウルソナタ」(ウアソナタ、Ursonate)などを手がけた、クルト・シュヴィッタースがいます。尚、バーン氏は「ウルソナタ」についても言及していました。

 「I should watch TV」は、ステージを「テレビの中」を模した空間と捉え、曲中で透明なチェーンの幕から出入りする演出が面白かったです。テレビを観るときは一人になれる瞬間だけど、実は「ある種の窓のようなもの」ではないか。その窓から相手を見ることで、「かつて失われた繋がり」がまた繋がるのではないか、と比喩表現が印象深かったです。私は、「テレビは
、狭い視野の『井の中の蛙』から、広い視野を持つ『大海を知る』になるためのキッカケの一つなんだよ」という話かなと思いました。

 「I Dance Like This」は、冒頭はキャスト達がステージで「寝ていた」のが、徐々に「夢から目覚めて」いく過程が面白かったです。また、パーカッショニストが演奏する大きな弓みたいな楽器からは、常に激しいビートが鳴り響いていたので、こちらにまでその揺れが伝わりそうでした。ラストの無音からのモノクロフラッシュが起き、ステージにバーン氏一人になった演出にはビックリしました。

 「Bullet」や「Blind」では、暗闇と光の対比で、パフォーマンスの緩急をつけていました。前者では暗闇から灯りが登場して、聖火みたいに見せ、後者では光の中で影を利用してソロパートの人を大きく見せていました。与えられた環境下で、以下にシンプルにわかりやすく伝えるか、極限までチャレンジしている様子が伝わってきました。

 正直、本作は「全編コンサート映画」なので、起承転結といったストーリーはほぼ無いです。また、高評価のレビューが多くついていますが、CGやVFXなどの映像技術による劇的なステージ演出や、ロードムービーのような壮大な世界観を期待すると、肩透かしを食らうかもしれません。


4. 後半からの盛り上がりが凄かった。



 途中まではちょっと演出がマンネリ気味だっため、正直なところ、「なぜここまで高評価なのか?」と疑問を抱きました。しかし、後半の盛り上がりが凄く、「これは凄い、高評価だな」と考えが変わりました。

 何故なら、ベストと次ベストの曲が後半に来たからです。
 次ベストの曲は、「Burning Down The House」です。冒頭のギター音でテンションが上がりました。また、原曲から大きくアレンジを加えています。
本作では、バーン氏とパフォーマーが、マーチングバンドでステージを行進します。特に良かったのは、上から見て十字のフォーメーションで動いたところです。本当に圧巻でした。

 ベストの曲は、「Hell You Talmbolt」です。これは、権力による不当な人種暴力で亡くなったアフロ・アメリカン(アフリカ系アメリカ人)への鎮魂歌、追悼歌で、元々はジャネール・モネイの楽曲だったものを、バーン氏がカバーしています。
 「Hell」は、英語で、「地獄」・「苦役」・「怒りや苛立ち」を表し、「Talmbolt」は、talking aboutの略語で、「トールムバウト」と発音し、「~について話す」と訳します。黒人が使う英語のスラングの一つです。つまり、直訳すると、「地獄について話す」・「怒りや苛立ちを解放する」となります。

 本作では、故人の名前を何度も叫び、スクリーンには当人の遺影と名前が映りました。エンドロールには、遺族のお名前も載っていました。とても強い衝撃が走り、忘れられない演目でした。
 ここでは、監督スパイク・リー氏の才能がふんだんに活かされていました。アフリカ系アメリカ人がアメリカで、不当な差別に苦しみながらも、様々な権利を勝ち取ってきた過程は、言葉では簡単に言い表せないほど、辛いものでした。この曲からは、とてつもない「魂の叫び」が伝わりました。

 一方でバーン氏は、このアフロ・アメリカンの死亡事件へのプロテスト・ソングを「『白人男性』の自分が歌ってもいいだろうか」とジャネール・モネイ本人に確認したそうです。
 改めて、アメリカにおける人種差別問題は現代でも根深いものなのだと、理解しました。とても、センシティブでシリアスなものです。



5. エンドロールではバーン氏の「自然体な普通のおっちゃん」姿が見られる。



 終演後には、バクステのカメラにより、ステージでは見ないバーン氏やパフォーマー達の「素顔」が映されていました。ステージ袖で、皆で「お疲れ様」と労いつつも、日常に戻っていく姿が見られました。

 私が一番驚いたのは、バーン氏が出待ちの列を自転車で颯爽と駆けていったところです。また、パフォーマー達も、同じように自転車で移動していました。
 さっきまでステージで輝くパフォーマンスをしていた方とは思えないくらい、「自然体な普通のおっちゃん」でした。※これは褒め言葉ですよ。
 私も、もし彼に会えるならお会いしてみたいです。しかし、こんなに周囲に溶け込めるなら、もし町中ですれ違っても気づかないだろうと思いました。

出典
・映画「アメリカン・ユートピア」公式サイト
https://americanutopia-jpn.com/

・デイヴィッド・バーンが語る『アメリカン・ユートピア』、トーキング・ヘッズと人生哲学

・ダダイズムとは?
https://media.thisisgallery.com/art_term/dadaism#:~:text=%E3%83%80%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%81%AF1910%E5%B9%B4%E4%BB%A3,%E3%82%92%E3%83%80%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B3%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

黒人が使う英語のスラング10連発【最新版】
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