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映画「鹿の王 ユナと約束の旅」 感想

 一言で、劣化版「もののけ姫」です。作画に対して脚本が今一つで、世界観も人物像も主張も描写不足です。一本の映画にするには明らかに尺不足で、勿体ない作品でした。

評価「D」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。また本感想はネガティブ意見が多いので、読みたくない人は読まないでください。

 飛鹿(ピュイカ)に跨り戦ったアカファ王国の最強の戦士団〈独角(どっかく)〉、その最後の柱であった主人公ヴァンは、隣国の強大な東乎瑠(ツオル)帝国との戦いに敗れ、現在は奴隷となり、岩塩鉱にとらわれていました。しかしある夜、一群の不思議な山犬たちが岩塩鉱を襲い、死に至る謎の病〈黒狼熱(ミッツアル)〉が発生し、ヴァンと一人の幼女のユナを残して、全員死亡します。犬に咬まれながらも奇跡的に助かった二人は、安住の地を求めて旅に出かけます。
 一方で、ツオル帝国皇帝の次男・ヨタルに信頼される天才医師ホッサルは、ミッツアルの治療法を懸命に探していました。もしかしたらヴァンの血が治療に役立つかもしれない、そう思ったホッサルは、ヴァンの行方を追います。
 しかし、ミッツアルの背後には、人知を超えた「力」と、国をも揺るがす巨大な「陰謀」が渦巻いていたのです…

 本映画の原作は、上橋菜穂子氏作の同名小説「鹿の王」です。主な代表作は、「守り人」シリーズや「獣の奏者」シリーズなどのファンタジー作品で、神や人間の関わりを文化人類学の観点からダイナミックに描く作風が人気を博し、アニメ化や実写化などのメディアミックス化の機会に多く恵まれています。
 本作も2015年に第12回本屋大賞受賞及び第4回日本医療小説大賞を受賞しています。
 尚、私は原作は既読です。昔から、上橋氏の作品は何度も読み返す程好きなのです。

 本作の制作スタジオは、Production I.G、監督は、安藤雅司氏と宮地昌幸氏、脚本は岸本卓氏です。
 安藤氏は、「もののけ姫」・「千と千尋の神隠し」・「君の名は。」といった超人気アニメーション映画にて、作画監督を担っていました。本作では、初監督・キャラクターデザイン・作画監督を務めています。
 宮地氏は、「千と千尋の神隠し」にて宮崎駿氏の監督助手を務め、主な監督作品に「亡念のザムド」や「伏 鉄砲娘の捕物帳」などがあります。
 岸本氏は、「ハイキュー!!」シリーズや、「僕だけがいない街」などの話題作や人気作を手掛けています。 

 尚、本作はコロナ禍により、約1年半公開が延期された作品でした。公開前は「日本アニメーション最高峰のスタッフを起用した壮大で奥深い作品」と、期待値高めのキャッチコピーで宣伝されていましたが、実際はそれを大きく下回ってしまった、とても「残念な」作品でした。

 以下、良い点と悪い点を挙げます。

1. 良い点

① 背景画や動植物描写は良い。

 光や雨などの自然の背景画や、動植物画はよく表現できていました。光や雨などの描写はリアル過ぎて、まるで自分もその場にいるような臨場感がありました。馬や鹿、山犬など動物描写には躍動感があり、鳴き声や息遣いも本物そっくりでした。また、大きな木の根っこの細かな皺や、アッシミというクローバーそっくりの植物につく朝露など、植物表現の細かさも素晴らしかったです。
 主な作画担当には、背景画や雨や光などの自然現象の描写に定評のある、「コミックス・ウェーブ・フィルム」や「スタジオカラー」など、名だたるアニメーション制作会社が起用されています。前者は「君の名は。」の新海誠氏、後者は「エヴァンゲリオン」の庵野秀明氏の名で有名です。

② 声優の演技は、そこそこ「聞ける」レベルだった。

 声優の演技もそこそこのもので、不快にはならなかったです。
 メインキャスト(ヴァン・ホッサル・サエ)には堤真一さん・竹内涼真さん・杏さんと俳優を起用しているものの、特にミスキャストではなかったです。(杏さんがすぐにわかったくらい。)
 また、サブキャストは本職声優さんが務めていらしたので、演技は特に問題なかったです。
 ユナ役の木村日翠(ひすい)さんは子役で、可愛い子供らしさを十分に表現できていました。
 また、ユナ以外のキャラは全体的に年齢が高いため、中堅〜ベテランの方が多かったです。(藤真秀さんや玄田哲章さん、日野聡さんなど) 皆様、落ち着いた渋いお声の方が多く、耳障りな声ではなかったので、そこは良かったです。
 ちなみに、本作には日本テレビが関わっているため、同局のアナウンサーの辻岡義堂さん、笹崎里菜さん、伊藤遼さんが一部キャラの声優を務めていましたが、ここもさほど気になりませんでした。

③ 親子と村人の交流など、日常の煌めきはよく描けている。

 母をミッツアルで喪ったユナが、同じく妻子をミッツアルで喪ったヴァンに懐いて、二人が親子になっていく過程は微笑ましかったです。また、二人が辿り着いた村で、徐々に村人達に受け入れられていく描写も良かったです。
 ヴァンが狩りのときに素手で猪を倒したり、ユナがピュイカの乳搾りをマスターしたり、祭りのときは皆で盛り上がったり、こういった「日常の煌めき」はよく描けていました。ずっと、彼らの様子を見ていたかったです。

④ 現代の日本アニメでは、貴重な「異世界モノ」である。

 昨今の日本のアニメで、完全な「異世界モノ」はあまりないので、本作の世界観は新鮮でした。最近の劇場版アニメで「異世界モノ」で人気になった作品だと、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」や「えんとつ町のプペル」以来かなと思います。
 現代の日本のアニメでは、現実世界や、現実からの延長にある作品が多い中、本作のように一から世界観を創り上げるのは大変だったと思います。実際、作中の民族衣装や文化、壁画などはどれも特徴的で、そこにどんな歴史が刻まれているのだろう?と想いを馳せたくなりました。

2. 悪い点

① ストーリーもキャラデザもオリジナリティーがない。

 しかし、本作には従来の作品を超える「オリジナリティー」が不足していました。とにかくストーリーもキャラデザも既視感が半端ないのです。(正直、オマージュとも言えないレベル)
 まず、本作の「主人公が特殊能力を授けられ、山犬や狼などの『動物神』と関わる」というストーリーは、「もののけ姫」・「ウルフウォーカー」・「不滅のあなたへ」辺りと被っていました。
 また、キャラデザはヴァンは「ゲド戦記」のハイタカ、ユナは「となりのトトロ」のメイ、ホッサルは「アルスラーン戦記」のナルサス、サエは「守り人」シリーズのバルサなど、こちらも被っていました。
 そのため、鑑賞中は「何処かで見たことのあるストーリーとキャラだなぁ」という考えが頭から離れませんでした。
 本作では狩人や戦争や軍隊が登場しますが、「もののけ姫」や「守り人シリーズ」のような派手な戦闘シーンを期待すると、残念ながら大きく肩透かしを食らいます。

② 「専門用語」が多すぎて、世界観を理解しにくい。

 先述より、本作は「完全な異世界モノ」です。そのため、「架空の言語」や「架空の国」を表現するために、「専門用語」を用いていました。しかし、問題はそれらをあまりにも多用しすぎていたことです。
 まず冒頭で、国の歴史とミッツアルについて長々と文章説明のスライドが流れました。もうこの時点で、嫌な予感がしました。
 次に架空の言語や国ですが、飛鹿(ピュイカ)や〈黒狼熱(ミッツアル)〉、アカファや東乎瑠(ツオル)など、カタカナや読みにくいキラキラネームのような当て字の漢字名が多くて、とにかく理解が追い付かなかったです。そのため、私は途中から理解するのを諦めました。 

③ 人物描写が浅すぎて、どんなキャラが読み取れない。

 このようにたとえストーリーが今一つでも、良くも悪くも「特徴的な」キャラがいれば、そこは強く印象に残ります。しかし、本作はどのキャラも「微妙で印象に残らなかった」です。※特段、「不快になる」キャラもいませんでしたが。
 勿論、イケメン・美女・老練・三枚目・悪党など、キャラに一応個性はあります。しかし、誰も彼もあまりにも描写が薄すぎて、鑑賞後、どんなキャラだったか思い出せませんでした。
 例えば、主人公ヴァンは寡黙なキャラなのですが、移動中も本当に台詞が少なすぎて、何を考えているかわかりませんでした。そうかと思えば、物語中盤でヴァンとホッサルが邂逅してからは、ホッサルが延々と心の声を漏らしていました。このように、キャラの台詞量がアンバランスなので、キャラの解像度にムラが出てしまうのです。

 最も最近は、「キャラに説明させる」作品が多すぎます。これは、制作者の「表現力の低下」故なのか、視聴者の「想像力の不足、衰退」故なのか。両方あるかもしれません。

④ 一方で、一部のキャラはやたら怖くて不安になる。

 一方で、ユナが山犬の群れに攫われ、精神を乗っ取られて「闇堕ち」したときの顔は怖すぎて、不安になりました。カッと見開いた目が大きすぎて、顔の半分くらいが目になっていました。これがスクリーンに大きく映し出されたので、思い出すだけでトラウマレベルでした。※もし本作がヒットしていたら、「みんなのトラウマ」に挙がりそうなくらいです。

⑤ 問題に対する解決アプローチが曖昧で穴だらけ。

 本作にて「病気の治療」をアニメのテーマに取り入れたのは、一見すると斬新でした。しかし、細かい部分を見ていくと、結構穴だらけなのです。
 何故、ミッツアルの原因が「山犬が持つ毒素」という「科学的要素」なのに、ミッツアルをコントロールするのは〈犬の王〉という「非科学的要素」なのでしょうか?この辺の設定が「曖昧」すぎて、よくわからなかったです。
 また、ホッサルはミッツアルの抗体が生まれるメカニズムを、「感染者の抗体が含まれた血液が治療の鍵→抗体はピュイカの乳を飲むと作られる→それはアッシミの成分だった」といったプロセスで導き出しました。だから、「ピュイカの乳を飲んでいて抗体を持つヴァンの血液が必要」というのはわかります。
 しかし、ヴァンとユナは「先代の〈犬の王〉」の呪いに巻き込まれていました。ヴァンはこの呪いが国全体に広がることを恐れ、何としてもユナの呪いを解き、次の〈犬の王〉の継承はさせまいと、ユナの「暴走」を止めに行きます。
 やはりここでも、「血液の抗体」という「科学的要素」と、〈犬の王〉の呪いと継承という「非科学的要素」が噛み合っておらず、互いの「良さ」を殺し合ってる感じがしました。
 そういえば、ラストでヴァンは〈犬の王〉を継承したものの、「不死」の体を得たわけではないですよね。(少なくとも本作からはわからない。)
 それなら、寿命が来たらまた誰かが〈犬の王〉を継承しなくてはならないのでは?これって解決してなくないですか?

⑥ ストーリーがとっ散らかっていて、いくら進んでも「方向性」が定まってこない。

 そして本作の一番良くない点は、「いくら時間が経過しても、ストーリーの方向性が定まらない」ところです。それぞれの物語が点と点しかなく、線で結ばれていないため、どのストーリーもとっ散らかっていました。
 正直、「解決」していない箇所は挙げていくとキリがないのです。

・なぜヴァンとユナが〈犬の王〉に選ばれたの?
・どうしてユナが「闇堕ち」したの?
・結局、「裏返り」の能力って何?
・皆の病は本当に治癒したの?
・ミッツアルは本当に根絶したの?
・ユナには山犬を操る力は残ってないの?
・国同士の戦争は終わったの?
・ユナはどうやってヴァンとの「別離」を受け入れたの?
・サエはいつ村人とうちとけたの?

 このように、肝心なシーンに説明が無いので、困惑しました。勿論、作品には「作り手」が全てを明らかにせず、敢えて「受け手」に自由に考えさせるやり方もあるでしょう。しかし、その隙間を「受け手」が補うには、あまりにも作中での根拠が無さすぎるのです。
 一方で、「竹馬の戦士との戦闘」や「謎の老人ケノイ(実は先代の〈犬の王〉)の暴走」など、必然性のないシーンも数多く見られ、一体何を見せたいのかさっぱりわかりませんでした。

 さらに、本作の最大の見所は、「ヴァンの決断」でしたが、ここに辿り着く過程が「雑」だと感じました。当初ヴァンは、ケノイの挑発には乗らず、「犬の王」になることを拒否します。しかし、その力には抗えず、ユナと同じく「闇堕ち」してしまいます。その時、亡くなった妻子が出てきてヴァンの名前を呼ぶのです。ヴァンは意識を取り戻し、ユナを助けるために「犬の王」になることを選ぶのです。 
 正直、ヴァンが闇堕ちしたタイミングで亡くなった妻子が出てくるのは都合が良すぎます。また、ヴァンの心変わりが早すぎるので、ついていけませんでした。最初は「犬の王」の継承を拒否していたのに、ユナを助けるために結局「自己犠牲」を選びました。しかし、そこの葛藤や心変わりには、もう少し時間をかけてほしかったです。
 最も、ここは、タイトルの「鹿の王」と「犬の王」の対比だったのかもしれません。※作中より、「鹿の王」とは、「群れが天敵に襲われたときに、仲間たちのために自己犠牲を厭わない鹿のこと」と、説明がありました。
 きっと、ヴァンとユナの別離が本作最大の「感動ポイント」だったのでしょう。しかし、私は既にストーリーを追うことに疲れていたので、何も感動しませんでした。
 結局、原作からのメディアミックス化はとても難しいのでしょう。本作なら、ハードカバー上下巻、文庫本なら4巻(+1巻は外伝)という原作の長さをそのまま2時間の映画に落とし込むのは至難の技でした。本来なら、最低でも「TVシリーズ2クール分」は必要だったと思います。

⑦ 一部のキャラ設定を「改悪」している。

 本作では、ユナの母親の設定を「改悪」していました。原作では実の親子で、山犬の襲来から娘の命を守った愛のある人物でした。しかし、本作では「気が触れた」女性でユナとは血縁関係はなく、ただの拾い子という設定に変わっていました。これ、必要でしたか?

⑧ このままだと、日本のアニメは「斜陽産業」に突入しかねない。

 本作鑑賞後、私は「このままだと、日本のアニメは『斜陽産業』に突入しかねない」という危惧を抱きました。何故なら、これだけのトップクリエーターを揃えたにも関わらず、この程度の出来だったからです。
 本作のように「異世界モノ」は設定が難しいから失敗する確率が高い、だから「学園モノ」や「現実世界での異能力バトル」、「タイムスリップモノ・タイムリープモノ」、「現実から異世界への転生モノ」など、現実の延長上にフィクション世界を創る作品が量産されたのも頷けます。
 しかしながら、こういう作品は既に飽和状態で、バリエーションが枯渇しています。正直、日本のアニメが、アカデミー賞やアニー賞などの世界的な映画賞でも、「ノミネート止まり」な作品がほとんどな理由がわかる気がしました。既に海外の映画祭では、作画や劇伴のクオリティーの高さだけでない、「+α」の点を求められていると思います。この「+α」の点の例としては、「作品のメッセージ」と、「現実世界へのフィードバック」かなと。※日本のアニメや、クリエーターさん、ファンの皆様を下げるつもりは決してございません。
 悲しいかな、いくら作画や劇伴が素晴らしくても、作品のメッセージが「浅くて幼稚」だったり、「普遍性が弱くて幅広い年代に伝わらない」と、長く愛される作品にはなりにくいです。
 それでも、ハンディキャップやLGBTのアニメはいくつか見られますね。その中には、「真剣に」テーマに向き合った作品はあるものの、一方でこういうテーマはまだ「発展途上」だと思います。※ここは日本だけでなく、世界的にもです。

 正直、このままだと今後アニメ業界は中国や韓国、東南アジアに追い抜かされる気がします。現に中国アニメには、ディズニーやドリームワークスなどのアメリカアニメの技術を取り入れた作品があります。
 また、世界には、現代社会で起きている戦争や紛争を舞台にした、難民や戦火の中で生き延びる人々をテーマにしたアニメ作品もあります。世界では未だに戦争が起き、苦しむ人々がたくさんいます。かつては日本もそうでした。
 しかし、現代の日本のアニメで上記のような話が量産されるということは、悪く言えば日本が「平和ボケ」している証拠なんだと思います。

 ただ、本作からは原作者や監督の「性癖」や「残念な思考」は出ていないので、そこはまだ良いのかもしれません。

出典:

・「鹿の王 ユナと約束の旅」公式サイトhttps://shikanoou-movie.jp/sp/index.html

・「鹿の王 ユナと約束の旅」映画パンフレット

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