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イベントレポート「DISK-Over Session vol.6 林美雄と荒井由実~2022年のパックインミュージック」(8月24日(水)開催)

開演直前に降り出した雨は、まるで、これから「雨の街を」が流れることを知っていたかのよう。雨男のスージーさんが連れてきた、素敵な偶然でしょうか。

スージー鈴木さんプロデュースのイベントシリーズDISK-Over Session(ディスカバーセッション)vol.6(8/24開催)のタイトルは、「林美雄と荒井由実~2022年のパックインミュージック」。TBSラジオの伝説のパーソナリティ=林美雄と、彼がこよなく愛した荒井由実をテーマにお送りしました。

ゲストに『1974年のサマークリスマス』(集英社)の著者である柳澤健さんをお迎えし、1970年代に人気を博したTBSラジオの深夜番組「パックインミュージック」のお話を伺いながら荒井由実作品をレコードで聴くという、かなり濃い内容だったと思います。

DISK-Over Sessionのアシスタントとして4回目となる回でしたが、個人的に、過去3回とは異なる、何とも言えない緊張感がありました。実は、スージーさんと私のオープニングトークで、マイクを持つ手が震えるのを抑えるのに必死だったんです。

いつになく緊張したオープニングトーク

何を隠そうこの日のテーマは「荒井由実」。しかも主にアルバム『ひこうき雲』『MISSLIM』を取り上げるというのですから、客席に“筋金入り”の荒井由実作品ファンの方が多くいらっしゃることは容易に想像できます。

もちろん私はユーミンの音楽が大好きですし、私の青春にはユーミンの曲がありました。でも、荒井由実時代の作品の魅力が分かるようになったのは、随分大人になってからなのです。

もし、スージーさんに「チカチカさんの一番好きな(ユーミンの)アルバムは何ですか?」と聞かれて、「PEARL PIERCEです」と正直に答えたら、ここにいる全員を敵に回すかな・・・などと、自分の頭の中でこしらえた「荒井由実時代のユーミンとそれを取り巻く世界」という架空のモンスター集団を必要以上に怖れていました。

そんな中、本番前、「当時の『荻窪大学』の人たちも見に来られますよ」という柳澤さんの何気ない一言で私は「ラスボス登場か・・・」と思ったのです。

『1974年のサマークリスマス』著者の柳澤健さん(中央)とスージー鈴木さん(右)

「荻窪大学」

もちろん、実在する大学ではありません。「荻窪大学」(荻大)とは、伝説のラジオパーソナリティ=林美雄が担当し、局地的ブームとなった深夜放送「パックインミュージック」を献身的に支えたファンの中心的存在だった若者グループの呼称です。

彼らは、世に出て間もないユーミンの『ひこうき雲』を、林美雄が番組内で繰り返し紹介するのをリアルタイムで聴いていました。1970年代の空気の中で、日本の音楽シーンの水面にユーミンの音楽の最初の雫が落ち、やがて大きな輪となって広がっていく様子をその目で見て・耳で聴いた、生き証人の方々なのです。

そんな方々が、この客席に座っていると本番前に知り、一気に私の緊張が高まりました。

ルージュの伝言事件

スージーさん「その時、ユーミンに電話したのは、どこの公衆電話ですか?」
荻大メンバーNさん「幡ヶ谷です」

当時、荻大メンバーは、ユーミンの私設ファンクラブを作り、直接ユーミンと電話でやり取りできるような存在でした。彼らは、『ひこうき雲』『MISSLIM』で内省的な心象風景を歌うユーミンに魅了されていましたが、『COBALT HOUR』のリリースで事態は一変します。

『COBALT HOUR』でいわゆるポップス路線へと舵を切ったことに失望し、荻大メンバーNさんは、何とあのユーミンに電話で直接「『ルージュの伝言』は好きになれない。次は真面目に詞を書いてほしい」というような苦情を言ったというのです。

荻大の方のこの言葉に対してユーミンは「次は頑張りまーす」と少しおどけて答えた後、すこし間があって、「でも、もう昔みたいな詞は書けないかもしれない」と言った、と。

この出来事は、柳澤健さんの著書「1974年のサマークリスマス」に詳しいのですが、その時の心境を、客席の荻大メンバーの方が私達に話してくださいました。

客席の「荻大」メンバーの方にお話を聞くスージーさん

「現実的にはユーミンの言った通りなのかもしれないと思いました。ユーミンはもう20歳を超えていて、『ひこうき雲』の曲を作った15、16歳の彼女ではない。だけどファンは昔の幻影に囚われていて、ユーミンには変わらないでいてほしいと思っていたんですよね。だから、電話を切った後、あんなこと言わなきゃよかったと後悔しました。」

柳澤健さんは「1974年のサマークリスマス」の執筆にあたり、ユーミンにも直接インタビューされています。特筆すべきは、ユーミンがこの40年以上前の電話での会話を今でも鮮明に憶えていたという事実です。それほどまでに、ユーミンにとっても印象的な出来事だったのかもしれません。

この日、『ひこうき雲』『MISSLIM』へのそれぞれの思いを聞いて、なぜ私は年齢を重ねて荒井由実作品の本当の素晴らしさを理解できたのか、その答えが分かった気がします。

楽曲の良さ、演奏の素晴らしさは言うまでもなく、
『ひこうき雲』『MISSLIM』には、大人の私が失くしてしまったものがそこにあるから――。

そして、10代のユーミンの今にも壊れそうな繊細な声は、大人の私に寄り添ってくれているように感じるのです。10代の私から今の私へ向けたメッセージを届けてくれているのかもしれません。

「DISK-Over Session」シリーズは毎月、南青山BAROOMにて開催しております。毎回異なるアーティストのレコード盤を高品質サウンドシステムで聴く、スージー鈴木さんのトークイベント。是非遊びにいらしてください。


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