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先生のエッセイについて思うこと


わたしの俳句の師匠、堀本裕樹先生のエッセイ「海辺の俳人」が小説幻冬で絶賛連載中だ。

海に魅了され湘南の片隅に転居した先生の日常が、先生特有の格調高い文体で綴られている。

そんな先生が最近「Mさんと同棲をはじめた」とエッセイのなかでカミングアウトした。

それからというもの、エッセイの内容はMさんとのエピソードに終始した。現在発売中の7月号の海辺の俳人はこんな文章から始まる。


立夏も過ぎた五月のリビングの窓から差し込んでくる海光眩しいとある日の朝食は、食パンに温かいルイボスティー、半熟よりもとろんとした目玉焼き、スライスした白カビチーズ、ミニトマトとレタスのサラダ、エビのビスクのスープであった。食パンには、今お気に入りのデンマーク産クリームチーズやボボヌママンのマロンクリームなどを付けていただく。いずれも手際よくMさんが用意してくれる。


Mさん、すごすぎる。

湘南の自然を満喫する二人のあいだには常におだやかな空気が流れている。

違う、わたしが読みたいのはこんなエッセイじゃない。

同棲ってそんな簡単なものじゃないだろう。他人と生活をともにするのだから。

いままで想像もつかないことでイライラしたり、仲直りしたり、相手に思っていることを言えなくてモヤモヤして、友だちに相談したら「お前も大人になったな」とか言われちゃったりするもんじゃないのか。

例えばこんなお話だ。

バスタオルを持ってMさんが現れた。ため息をついて彼女は言った。「ねぇ、毎日これ洗うの大変なんだよね。わたしはフェイスタオル1枚で済ませているよ。フェイスタオルにしてくれるかな。それが嫌ならバスタオルの洗濯は2日使ってからってことにしてもいいかな」僕は究極の選択を迫られた。

あるいはこんなお話だ。

ここ湘南でもトイレットペーパーが手に入りにくくなってきた。僕は使い慣れたランニングシューズに足を通し、湘南の海を背にして、山の上のドラッグストアーへと駆け上った。あった!トイレットペーパーがひとつだけ残っていた。僕はこの出会いに感謝した。僕とトイレットペーパーを見てMさんはこう言った。「え?香りつき?香りつき買ってきちゃったかー」3日後、アマゾンから大量の香りなしトイレットペーパーが届いた。


先生、勝手にごめんなさい。

先生とMさんの、なんていうか、人間らしいお話が読みたいと思っている。




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