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牛肉と馬鈴薯 国木田独歩

高1の物理の時間だった。
クラス委員がこの本をテーブルの上に、非常に困った顔をしていた。
聞くとクラス代表で読書会に参加するのだが、感想らしい感想が浮かばないというのだ。
よし、わかった。
俺に任せておけ。

自我の目覚めは、私の中で小さな世界観を育み、様々な事象に対し、自分なりの考え、意見を湧き上がらせていた。ものは試し。言葉はどれだけ他人の心を動かすものか、また私の言葉の独創性や論理性を確かめたくもなった。

しかし、私のイメージしていた読書会とはかなり異なっていた。誰もが当たり障りのない感想を呟くだけで、話は一向に盛り上がらなかった。

私は意を決した。
準備した読後感やテーマ、時代と作者との知性の交錯と矛盾。個人主義への大きな転換はやがて訪れてくるだろう、ということ。また、当たり前が当たり前で無くなっても無意味に順応していくのが、関係性の中で存在価値を探す日本人の問題点となり、社会構造に捩れが生じるだろうと述べた。

しばらくして、上級生から賛辞が述べられ、先生や仲間からも拍手を受けた。
読書会の帝王だ。
これからは学校新聞に論評を寄稿してもらおうと、満場一致だった。

私は生まれて初めて自分の意見が認められ、驚きと喜びに包まれたのを、今でもはっきりと覚えている。

小さな評論家の誕生である。

おそらくこのきっかけがなければ、私は評論も書かなかったし、小説も書かなかった。
学会に入ることもなく、研究発表もしていなかった。

このときの経験が、今の仕事にも大きな影響を与えている。

つまり、この本をなくして、私は語れないのだ。

大きな、大きな一冊である。
そして、感謝である。

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