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もう一生使うよ。Victor SX-V1

1995年。大学生になったぼくは一人暮らしという自由を手に入れたのと同時に貯金を叩いてオーディオを揃えた。

アンプとCDプレーヤーとスピーカーだ。そのうちアンプは数年前に壊れて音が出なくなって買い替えた。本当は修理したかったんだけれども、メーカーが修理期間を過ぎているといって送り返してきた。CDプレーヤーは本体のボタン類がバカになってしまったが、幸いリモコン操作は問題ないため現在も現役で使用している。

そしてこのスピーカーである。

29年使った今現在でも音が色褪せることがないばかりか、一番のお気に入りである。29年のあいだに様々なスピーカーの音を聴いてきたが、このSX-V1以上にぼくを満足させるものには未だ出会っていない。願わくば死ぬまで使いたいスピーカーである。

SX-V1の音は優しい。どの帯域も出しゃばらないところがいい。それはおとなしいという表現もできる。Klipschのように明朗爽やかな音ではないからひとによっては物足りないと感じるかもしれない。おとなしい音を美徳と感じるかつまらないと感じるかでこのスピーカーの評価は分かれるだろう。

このスピーカーは見た目が美しい。無垢のマホガニー材が箱にもスタンドにも使われていて、それがアンティーク家具のようは風合いを醸し出している。樹脂浸透技術というのは伊達ではなくて、29年経った今でもソリや割れ、ヒビなどはまったくない。

現代は日本のオーディオ業界には厳しい時代である。このスピーカーを作ったビクターも今はあるんだかないんだかわからない状態だ。一斉を風靡した多くのメーカーが倒産した。今残る電機メーカーの多くがオーディオをやめてしまった。

ぼくのようにひとつのものを長く使われてしまっては商売に困るだろう。買い替えてくれないからだ。

だけど、モノに対する態度としては、正しいとぼくは思う。壊れては修理し、本当に使えなくなるまで付き合う。

そうしたものには神が宿る。日本人の心に深く根ざした八百万の神とはそうしたものだったのではないか。

ぼくはものを買う前に考えるようになった。なぜそのものが欲しいのか。なぜそのものが魅力的に見えるのか。

もしかするとその理由が単に「新しいから」ではないか。つまり新鮮なものとして目に映るからではないのか。

ぼくはその点をよくよく吟味する。目新しさや新鮮さがそのものの魅力ならば手にしてすぐに魅力は半減し、一年もしないうちに飽きてしまうだろう。そういう買い物はもう興味がない。

29年前、そんなことはなにも考えずに買ったSX-V1であるが、29年経って今そんなことを考えさせてくれるようになった。

HMVシリーズなのでニッパー君とともに。


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