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はなたれねこ移住する。第44話 CONTAGION

エンジョイソロライフ計画も予定が済んでしまうと案外つまらないものである。虫捕りは好きだが息子抜きで行くのは気が引けるし、それにひとりで行っても楽しくない。捕れても捕れなくてもその時間を息子と共有するのがいいのであると改めてわかった。
 
もともと酒飲みではないからひとりで飲みに行くこともなければうちで一人で飲むこともない。まるで独身時代に戻ったかのようにアイスクリームをたくさん買い込んだ。ロピアに行くとアイスがすべて半額で売っている。それでついつい多めに買ってしまうが、常に多すぎるということはない。
 
外食はほとんどしなかった。東京に仕事で出た際は駅蕎麦でコロッケそばを食べて帰ることがあったが、基本的には自炊した。余談であるが駅の蕎麦屋と言えばコロッケそばで決まりである。柳家喬太郎という落語家のやるコロッケそばが爆笑もので、それを見て以来コロッケそばばかりを食べている。駅蕎麦ならどこでもいいわけではなくて、美味い不味いがあり地元の狭山そばが最高で、都内の駅蕎麦は今の所どこも不味い。だから東京から帰ってくるとついつい足が狭山そばに向かってしまうのだった。
 
自炊で米を食べることは朝以外はなくて、庭のオレガノを摘んで刻んで肉に揉み込んで焼いたり、バジルを大量につかったパスタばかりを作っていた。ひとりで作る料理は研究であり、同じレシピでも作り方やタイミングを変えて少しでもプロの料理に近づこうとするのが面白かった。
 
日に一度か二度かかってくるテレビ電話或いはビデオ通話、またはビデオコールで家族の顔を見るのが楽しみだった。息子はまだ疲れやすいようだが顔色を見る限り元気さを取り戻していた。娘は元気そのものでたいくつして仕方がないらしい。カメラに顔いっぱい近づけてその日の出来事を楽しそうに話してくれる。お父さんカブトムシ見せてと息子がいうのでスマホを飼育ケースに近づけてやる。ノコ部屋とカブト部屋をそれぞれ映すのだ。ちなみに我が家にはオオクワ部屋、ヒラタ部屋、カブト部屋、大ノコ部屋、中小ノコ部屋、コクワ部屋と6つ飼育ケースが並んでる。
 
ああお父さんクワガタ捕りに行きたいよう。お父さんも行きたいよ。帰ってきたら行こうな。お父さんまさかひとりで行ってないよね?行くわけないじゃん。ひとりで行っても楽しくないよ。
 
妹が闖入する。
 
おとー、おもちゃ買ってえ。え、なんで?買って!え、なんの話?アナとラプンツェルのやつ。なにそれ、そんなの知らないよ。がすとんにあった!がすとん?ガストのおもちゃ売り場にあったの欲しがってさあ、と妻の注釈が入る。がすとんだって。かわいいね。もう一回言って。がすとん!はやく買ってきて!えーガスト不味いから行きたくないなあ。わーんお父さんが買ってくれないって言った〜っ。
 
娘が大泣きする。うそでもいいから買うと言って、と妻から注文がつく。
 
わかったわかった。明日ガスト行ってみるよ。ね、まるちゃん。
 
それで翌日律儀にも近所のガストに行ってみたがディズニーグッズはひとつも置いていなかった。店舗によって、或いは地域によって違うのだろう。更に律儀にも西松屋に行ったり、ホームセンターに寄ったりおもちゃを置いてそうな店を見て回ったが見つからなかった。これが都内との差である。夜にかかってきた電話でぼくは正直に話した。
 
じゃあ、今からお父さんが飛行機乗ってこっちのがすとんで買って届ければいいじゃん。
……。おにいちゃんはどこ?
 
ぼくは話題を変えることにした。
 
妻が新帰宅日を設定したという。帰りは航空会社を変更してスターフライヤーを使うようだ。JAL派の妻も背に腹は代えられない。なにしろコロナ都合でキャンセルしても返金してもらえなかったし、再びJALを買うと高すぎるからだ。ぼくはデスクに置いている三ヶ月カレンダーに帰宅日をマークした。
 
広い家に一人でいると気づくことがある。まず部屋が汚れない。床が食べ物のカスやなんだかわからないもので点々としていることがなく、自然に積もるホコリの量も少ない。逆に汚れが気になったのはトイレである。使用頻度が少なすぎてトイレのボール内が乾燥してしまい、好気性の菌だかカビだかが繁殖してしまうのである。駅などのトイレが定期的に水を流しているのはこうした菌の発生を抑制するためもあるのであろう。そこに気がついてからトイレはむしろよく掃除するようになった。
 
部屋の換気は頻繁に行っていたが、窓の開け閉めが面倒くさい。でも換気しないと家屋によくないからせっせとしていたが、お年寄りがひとりで一軒家を持て余す理由がよくわかった。今の家はぼくが生まれて初めて住む二階建てであり、子どものころは二階家にひどく憧れたものだったが、いざ住んでみると階段を登るのが地味に億劫である。敷地さえあれば平屋が最高と言われる意味がやっとわかったのである。のび太の家よりもサザエさんち、というわけだ。
 
電話がなる。画面の向こうの子どもたちは元気いっぱいだ。ほとんど軟禁状態でなにをしているのかと聞けば、おばあちゃんの肩たたきをして小遣い稼ぎをしているという。一回やって十円もらっているらしい。うちでお小遣いをあげたことがないから、お金を手に入れてそれはそれは嬉しそうであった。兄弟で競争するように肩たたきをして四十円稼いだとか、六十円になったとか言ってみせてくれる。
 
そこでぼくが、ねえキミたち、おばあちゃんにお金なんかいらないよおばあちゃんのためにやってあげるんだよって一度でいいから言ってごらんって言ってみた。すると息子が、そういうこと言うとボク泣いちゃうよ。といって本当に泣き出した。なにかと心が弱っている。
 
そんなふうにして段々と帰宅の日が近づいてきたある日、それは起こった。
 
妹コロナ発症。妻と祖母も発症。
 
ワクチン接種のおかげか、妻も祖母もあまり重症化しなかったが、それなりに頭痛や体の痛みが起こったようだった。妻が近所にロキソニンが売っていないと嘆いていた。最終的になんとか入手できたようだが田舎はこういうことがある。病院で黙っているとカロナールが処方されてしまうが、カロナールでは全然軽ならないし、アセトアミノフェンは効きまフェン。
 
娘は息子同様高熱が出て全身の痛みを泣きながら訴えていたという。それを聞いて泣きそうになるし、今これを書いていながら思い出して泣いちゃうよボク。そばにいてやれない辛さに胸を締め付けられながら、同時に感染症に弱いぼくがいたらイチコロだったろうなとまたまた思った。今回のぼく抜き帰省はある意味不幸中の幸いで、ぼくだけが発症を免れたのである。
 
そして当然ながらソロライフのさらなる十日間延長が決定された。
 
果たして、家族が再会できる日は来るのか! つづく。

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