見出し画像

【自己イメージ】Day69・70(読む記事) 「この私で生きる!」

「自己イメージ」をテーマに、よさカードを引く3か月

70日目に到達。残り20日か、と思い、なんだか佳境感を感じる(笑)。


「場」の価値を信じている

11月14日(土)、69日目に引いたよさカードは、こちら。

画像1

この前日、TikTokに、「11月の良さ」をテーマにした動画をUPした。
紅葉がきれい、祝日が2回ある、ボジョレー・ヌーボー解禁、まだそこまで寒くない…などなど、11月の良さをただ挙げていく動画。

その動画に、コメントを投稿してくれた方が何人かいて、「師走の前の静けさ」「葉っぱのファッションショーの彩り」「秋の匂いがする」など、私からは出てこなかった言葉にたくさん出会った。
五感で感じるさまざまな「良さ」、本当に素敵だと思った。

これらは、私だけではない、そこに人がいて、場に出てきたものだな、とあらためて思う。
他の人の視点や感じ方が場に出てくる、それをそのまま楽しめる。

投稿した動画ひとつが、そういう「場」になっているということは嬉しいことだ。
この「場」というものに着目している人はそんなに多くない気がするのだが、やはり私は、こういう「場」の価値を信じている。

Day66で感じた感覚が、この日もあるのを感じた。


70日前は、それが「しっくりきて」いた

11月15日(日)、70日目。引いたよさカードは、こちら。

画像2

宝箱、に見えた。

70日目というキリの良い数字だったからかもしれないが、ふと、自己イメージと向き合う3ヶ月を歩んでみようと思う、と思ったときのことを思い出す。

そこには、こう書いてあった。

現時点で「どうせ私はこの程度。」がしっくりきてしまっている私は、どう変化するのだろうか。しないのだろうか。

これを読んで、「へー」と思った。
そうか、「どうせ私はこの程度。」が「しっくりきて」いたのか、と。

あれから70日。「どうせ私はこの程度。」が「しっくりきて」いる感じは、今はない気がする。(なんとすごい変化だ!)

このよさカードの宝箱は、蓋が閉まっている。「しっくりきて」いたときの私は、まさに蓋が閉まっていたのかもしれない。

「どうせこの程度ですから」と、蓋を閉めて見ないように、見せないようにしていたのかもしれない。ちょっと拗ねた子どもみたいだ。

でも、この宝箱は、よく見ると、鍵はかかっていないことに気づく。
ただ蓋を持ち上げれば、開く。そしてこの箱は軽い素材で、蓋を開けることに力なんて要らないのだ。

私は、蓋を開けて、中に入っているもの(私のすべて)をそのまま見つめてそのまま出して、「この私で生きる!」と言いたい。

「どうせ私はこの程度」ではなくて、「この私で生きる!」がしっくりくる…という状態に、少しずつ少しずつ移行しているのかも。

そんなことを思った、70日目だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?