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「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」遠くて近い、見える世界が変わってしまう旅

長年の東京暮らしを卒業し、地元北海道にUターンして日高地方の浦河町(うらかわちょう)に移り住んだあと、釧路に越してきたのは3年前。釧路は「道東」と言われる北海道の東のエリアに位置していて、この道東エリアの広く茫漠とした雰囲気が札幌出身の自分には新鮮に感じられて、すっかり魅了されてしまった。

なかでも浦河町に住んでいたときから気になっていたのが、阿寒湖温泉にある「阿寒湖アイヌコタン」だ。アイヌコタンは釧路の市街地から車で約1時間半の阿寒湖温泉の一角にあるアイヌの方が暮らす集落で、アイヌの民芸品店やアイヌ料理店があるほか、阿寒湖アイヌシアター『イコㇿ』ではアイヌ古式舞踊×現代舞踊×デジタルアートを融合した演目『阿寒ユーカラ 「ロストカムイ」』が上映されるなど、先進的な取り組みを積極的に行っている地域だ。現代を生きるアイヌ民族を映し出した日本映画「AINU MOSIR(アイヌモシリ)」の舞台になったのもこの地で、主要キャストもアイヌコタンに住む多くのアイヌ民族が務めている。

浦河町に住んでいたとき、アイヌ文化保存会の方に誘っていただき、アイヌ民族の踊りや歌、料理を1年ほど教わっていた時期がある。そこでアイヌ料理を教えてくれたのが堀悦子さんという方で、この悦子さんが作り出す様々なアイヌ料理の食材や調理法、味がかつて経験したことのないものばかりで、知れば知るほどアイヌ料理の虜になってしまった。

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ただ、アイヌ料理を作るのはあくまで「イチャルパ」という儀式を行う時か、特別なイベントの時だけ。いつも食べられるわけじゃないし、アイヌの方は口頭で文化を伝えていくことが基本なため、調理法をメモとして残すことをしない。このまま若い人に受け継がれていかないと、アイヌ料理を作ることができる人が誰も居なくなってしまうという懸念があった。

そんな時、悦子さんの姪にあたる富貴子さんと夫の好古さんが営むアイヌ料理のお店「民芸喫茶ポロンノ」が阿寒湖アイヌコタンにあることを知った。富貴子さんは姉の絵美さんと共に「カピウ&アパッポ」というアイヌ音楽を伝承するユニットとしても活動している方で、歌も料理も器用にこなす悦子さんの技術が受け継がれていることを知り、ぜひ行ってみなければと思っていたのだ。

その後、阿寒湖アイヌコタンへ行き、民芸品店などを巡ってみたものの、浦河町に住んでいたときのようにアイヌの方と触れ合える機会がなかなか得られなかった。そんな時、阿寒湖アイヌコタンでアイヌ文化ガイドツアー「Anytime, Ainutime!」というのが行われているというので体験してきた。

「森の時間」「湖の時間」「創る時間」「食の時間」に分けられたこのガイドツアーは、阿寒湖に住むアイヌ民族による案内で森を散策したり、ものづくりを体験するツアーだ。これまで体験した自然ガイドや工芸体験とは全く違うもので、これは民族の「精神性」に触れられるツアーなのだ。

参加したのは「湖の時間」。まずは竹製の伝統楽器「ムックリ」をつくる。枠に囲まれた細長い切り出しの部分を薄く削り、振動させたとききれいな音が出るようにする。薄く削りすぎると欠けてしまい、厚みがありすぎるとうまく振動せず音が出にくくなる。この絶妙なさじ加減が難しく、アイヌ民族の手先の器用さにまずは驚いてしまう。

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演奏するのもまたコツがいるのだ。先端にくくりつけられた紐をひっぱり、自分の口の中に音を振動させるのだけど、最初はうまく音が響かない。これがアイヌの方が演奏すると、なんとも魂を揺すぶられるプリミティブな音が響く。なんてかっこいいんだろう。

楽譜はなく、見て、聞いて体で覚える。アイヌ民族にとって歌や踊り、楽器の演奏や音楽というものは、物心ついたときから身につけている生活の一部なのだ。自分にとって歌や踊り、音楽がどこか自分とは遠いもの、趣味のものになってしまったのはいつからなんだろうと、ふと考えてしまう。

そしていよいよ、アイヌ民族のガイドと共に阿寒湖畔の森へ入っていく。案内してくれたのは、阿寒湖アイヌコタンで民芸品店「イチンゲの店」を営む瀧口健吾さん。ムックリの作り方も教えてくれた方だ。

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アイヌ民族にとって、森は食料や衣類・道具の元となる様々なものを得る大切な場所だ。だから森には多くのカムイ(神)が存在すると考え、アイヌ民族はそのカムイに対して感謝の意を示し、暮らしてきた。森に入るまえに神に祈りを捧げる「カムイノミ」という儀式を行うことでも、森に対して敬意を持っていることが伝わってくる。

木は、松の木や桜など、種類によってアイヌ語でも様々な言い方があるが、 総体的には木のことを「シリコロカムイ」と呼ぶ。 「地面を守る神様」という意味だ。木が地面を守ってくれているから、草が生え、虫が湧き、鹿や熊が生きられる。 みんなが生きていけるのは木の神様のお陰だと考えられている。その木、一本一本に、カムイが宿っている。だから大切に使わせていただくのだ。

瀧口さんに案内されて森の中を散策しながら、そういったアイヌ民族の精神性の話や、この木はアイヌ語でどんな名前で、何に使うものなのかを丁寧に教えてくれた。アイヌ民族がどんな風に暮らしてきたのか、どんな想いで森を残してきたのか。どうしても伝えたい、残したい、という瀧口さんの強い想いが伝わってくる。

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自然ガイドとしてもとても楽しめる内容だった。寒さで亀裂が入ってしまった木の幹。鹿が食べた形跡のある木の皮。一見倒れて命が尽きてしまったように見える倒木にキノコが生えて新しい生命が生まれている。美しいレース編みのように穴があいた葉っぱ。改めてガイドされないと気づかない森の中の様々な命の営みが鮮やかに立ち上がってきて、視点の解像度が上がったような感覚になった。森と共に生きてきたからこそ見える世界。「知る」ことで新しい世界がひらいていく。

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瀧口さんのガイドで一番印象に残ったのは、参加者に必ず最初に話をするという「イオマンテ」のことだった。イオマンテとはアイヌ民族の儀礼のひとつで、1〜2年ほど養育した小熊の魂をカムイモシㇼ(神々の世界)へ送り帰す祭りのことだ。

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森のルートへ入ってすぐの草むらには、熊を囲う檻があった。現在は使われていないが、このまま祭りを行わなければ、伝統が途絶えてしまう。かといって今の時代に祭りを行うことが、果たして正しいことなのか。そんなアイヌ民族の葛藤を瀧口さんは教えてくれた。伝統を守るのか。今の時代に合わせて変わっていくのか。これはただの自然ガイドじゃないんだ…と感じた瞬間だった。

そして楽しみにしていた「食の時間」がやってきた。「ポロンノ」さんでアイヌ料理をいただく。

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この日に「食の時間」でいただいたのは、ユックオハウ(鹿汁)、アマム(炊き込みご飯)、めふん(鮭の血合の塩辛)、

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カパチェプルイベ(凍らせたヒメマスのお刺身)を山わさびで、

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コンブシト(主に日高地方のアイヌに伝わる甘めのコンブダレをかけた米粉の団子)、ラタシケップ(かぼちゃ・とうきび・にころ豆・イナキビ・シケレベの実を混ぜ合わせたもの)、

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食後にシケレベ茶(キハダの実のお茶)。アイヌ料理のフルコース…!

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私が全力でおすすめしたいのが「ユックオハウ(鹿汁)」だ。

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鹿肉を焼いたり煮たりして食べたことがある人はいても、汁物として食べたことがある人はあまりいないのではないだろうか?実は鹿肉はスープにするとものすごくいい出汁が出る。初めてユックオハウを食べた瞬間から、この食べ方が鹿肉を最も美味しく食べられる料理なのではないかと個人的に思っている。昔のアイヌの方もそれに気づいてスープにしたのかもしれない。

アイヌ民族は森、川、湖など自分たちの周りにある自然の中から、生き抜くうえで必要な食料を調達してきた。味付けは動物からとった油脂や塩、昆布などで整えるシンプルな調理法ながら、味付け過多な現代人からするとホッとするような旨味が広がる料理だ。ぜひこの味を多くの人に知ってもらいたい。

そして食後はさらに「創る時間」へ。アイヌの伝統楽器「トンコリ」を形どった木製のチャームに、自分でデザインした文様を彫っていく。引き続き瀧口さんに手ほどきを受けながら作業をするのだけど、ここでは「こうでなければいけない」というきまりはなく、自由に彫らせてもらえるし、うまくできないところはささっと手直ししてくれるので何も難しいことはなく彫り進めることができた。小学校の図工の時間を思い出して楽しい。

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アイヌの方が彫る美しく荘厳な木彫りとは程遠い出来になってしまったけど、直接レクチャーしてもらう経験は貴重なので大満足。

「創る時間」としてもう一つ、刺繍も体験させてもらった。教えてくれるのはアイヌ刺繍の第一人者、西田香代子さん。数々の受賞歴のある方に直接教わることができるなんてすごい。

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香代子さんはとにかくチャーミングな方で、映画「AINU MOSIR(アイヌモシリ)」に出演した時に台詞を全く覚えずに本番に挑んだ話や(とても重要な役どころで出演していたのに…!)、小熊に「チビ」という名前を付けた話、日常のことなどを面白おかしく話をしてくれた。

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刺繍の模様もすべてに意味があって、どういう人が着るかで造形も変えているというお話を聞いた。着る人の人柄に合わせて模様を変えるから、一着一着にストーリーがある。そして、腕や胸元、背中や裾に刺繍の模様があるのは結界で、そこから悪いものが入ってこないようにしているという。一針一針想いをこめて縫うからこそ、文様が人を守る役目を果たすのかもしれない。すべてに知恵があり、意味があり、役目がある。瀧口さんや香代子さんとお話していると、楽しい会話の合間にふと、アイヌ民族の精神性に触れる瞬間があって身が引き締まる。

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阿寒湖アイヌコタンにあるのは、博物館に陳列された伝統工芸品やどこか遠くの民族の話ではない。今もアイヌの方が多く暮らし、民族の文化を間近で見られる貴重な場所なのだ。

私が好きなアイヌの言葉に、「カント オㇿワ ヤク サㇰ ノ アランケㇷ゚ シネㇷ゚ カ イサㇺ」がある。これは「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」という意味のアイヌ語だ。木にはカムイが宿っていると考え、衣類や道具・食材を森から調達し、自然と共に生きてきたアイヌ民族を見ると、その言葉が実感として伝わってくる。

この数時間の体験の濃密さと清々しさを、なんと言い表そう。美しい雄阿寒岳を眺めながら、人生に疲れたらまたここへ戻ってこよう、と思った。何か大切なことを忘れそうになったとき、毎日の生活にくたびれてしまったとき。あなたにも「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」という言葉を思い出してもらいたい。そしていつか、この体験を味わってもらいたい。

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> アイヌ文化ガイドツアー「Anytime, Ainutime!」

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