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「車」に着目して「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を観る

本日2020年9月12日21:00より、フジ系・土曜プレミアムにて「マッドマックス 怒りのデス・ロード」が地上波初放送されます。そこで、本作の重要モチーフであり魅力の1つである「車」に着目してみたいと思います。

そもそも本作がなぜ普段アクション映画を鑑賞しない層にも広く受け入れられたヒット作になったのか?それは作中にありとあらゆるモチーフとテーマが詰め込まれたハイコンテクストな映画だったからでしょう。目を皿のようにして画面に映るもの全てを見尽くすことによって新たに分かる情報、頭の中にある知識・教養を総動員して読み解くことによって更に理解が深まる設定が異様に多く、何度鑑賞して楽しめる作品であったためか、特にそうした作業が大好きな”オタク気質”な人に高く評価されました。
本作に於いて「車」はただの移動・戦闘のための道具ではなく、それ自体がストーリーを動かすキーだったり、各キャラクターを象徴する存在だったりします。車によってキャラクターを表現する手法は、カーアクション映画「ワイルド・スピード」シリーズや車それ自体がキャラクターである「トランスフォーマー」シリーズでも採られていますが、それは自動車メーカーが広告スポンサーだからという理由もあります。でも「マッドマックス 怒りのデス・ロード」はそうではありません。だいたい文明崩壊後のディストピアが舞台なんだから車はどれもボロボロだし。それでも車を重要モチーフに持ってきたのは、監督以下作り手のクリエイティビティであり愛でしょう。あと、中古車を安く買って少しづつ自分でチューンナップして自分好みの車に仕上げていくオーストラリアの車文化も反映されているのかもしれません。

本作で使用された車に共通するのは「20世紀末期~21世紀以降の車がない」こと。なぜならこの時期以後に開発された車は複雑な電子機器を積んでいるから。本作の舞台は文明崩壊後のディストピアなので、電子機器を積んでいるハイブリッドカー、電気自動車、水素自動車なんて残っていたところで動かすこともできず、修理することもできません。となると、ディストピアでも動く車は「ガソリンで動く」クラシックな車ととなります。

主人公マックスの「V8インターセプター」

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主人公マックスの愛車はシリーズ1作目からずっとこのV8インターセプター。ベースになっているのは1973年モデルのフォード・ファルコンXB・GTクーペ。メーカーはアメリカのビッグ3のフォードですが、フォード・オーストラリアが生産していたのでオーストラリア生まれの車です。もともとフォード・オーストラリアは北米で先に展開されていたファルコンを右ハンドル化してオーストラリアの環境に対応できるように改良したバージョンを生産していましたが、北米の本家ファルコンの生産が終了した後も生き延び、1972年のXAモデルからは開発・設計から全てオーストラリアで独自に行う正真正銘の「オーストラリアの車」となりました。その結果ファルコンはロングセラーとなり、オーストラリアとニュージーランドの2国だけで300万台以上を売り上げる人気車となりました。しかし残念ながら2016年10月を以て生産が終了。フォード車の中で最も長く続いたモデルネームでしたが、56年の歴史に幕を閉じました。
この経緯を鑑みると、本作の公開が生産終了1年前の2015年だったというのが実に因縁めいており、ファルコンの最後を締めくくるのに最高の作品だったように思えます。

フュリオサの「ウォー・リグ」

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フュリオサがイモータン・ジョーの嫁5人を載せて運転する全12輪タンカートレーラーで、劇中で最も登場時間の長い車です。チェコ製の軍用タンカートレーラーのタトラT815をベースに、これまたアメリカのビッグ3のGMの傘下・シボレーの1940年代フリートラインのボディを載せるという独創的なカスタムが施されています。ちなみにT815はシャーシを使いまわして自走榴弾砲を開発できるくらいゴツイ働く車。その上にクラシックカーのボディを載せるという発想がどうかしていますが、フリートラインは40年代当時よく売れていた乗用車であったにも関わらず第二次世界大戦時に民間用の生産が一旦中止され軍用車両として提供された車なので、やはり「ミリタリー」に関連があります。インペラトール(大隊長)という指揮官の階級にあるフュリオサが駆る車のイメージでの選択だったのでしょう。

イモータン・ジョーの「ギガ・ホース」

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本作のヴィラン役であるイモータン・ジョーの愛車です。これについては既に公開している「シェイプ・オブ・ウォーター」のエントリで紹介しているので繰り返しになってしまいますが。

ギガ・ホースは1959年モデルのGM傘下キャディラック・ドゥヴィルのボディを二段重ねにし、さらに同じくGM傘下シボレーのV8スーパーチャージャーエンジンも2基使用し合計V16エンジンという、なんでも2つのトチ狂ったモンスタートラックです。これはディストピアに於いて複数所持していること自体が富と権力の象徴であるという意味のカスタムですが、それで選んだのがキャディラック・ドゥヴィル(フランス語で「街」の意味)というのが絶妙です。キャデラックはGMの最上位ブランドで、特に50年代は同ブランドの黄金時代。時の富裕層のみならず、各国の王侯貴族や政治家、映画スター、ミュージシャン、セレブ、果てはマフィアのボスと、ただ金を持っているだけでない「やべえ奴」が様々な意味での「力と成功の象徴」として買う車でした。それを反映してか、当時のキャデラックは他ブランドの高級車とは一線を画す画期的でケレン味のあるデザインの車をリリース。このギガ・ホースに使用されたドゥヴィルもその1つで、飛行機やロケットから着想を得たと言われているテールフィンが特長です。それはカスタム後もしっかり残っており、このテールフィンが二段重ねになっているためか、ただパワフルなだけではない、速さやクラシックカー特有の粋さも兼ね備えた特別な車という印象を受けます。

ニュークスのホットロッドカー

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メインキャラクターの1人であるニュークスが前半に運転するフォード・デュース・クーペを基にしたホットロッドカーです。ホッドロッドとはアメリカで1930年代に生まれたカスタムカーのジャンルです。当時のアメリカの乗用車といえば黒いフォード・モデルT(T型フォード)が主流でしたが、それが国中に行き渡ることで、真っ黒で同じデザインのモデルTにみんなが乗ってるのはダサいと思う人が徐々に増えていきました。そこで車いじりができる車好きが”ダサいフォード”をベースにクールなカスタムカーを組むようになり、やがて「ホッドロッド」と呼ばれる1ジャンルとなりました。その後第二次世界大戦が勃発し、徴兵され軍で車両整備の技術を習得する若者が激増。彼らが復員後に更にホッドロッドカーの愛好者が増え、1945年にホッド・ロッド改造に特化した車雑誌「Hod Rod」が創刊されて以降、その改造スタイルはアメリカを越えて世界中に広まりました。
ホッドロッド改造の定番は、フォード・モデルTを始めとするクラシックカーをベースに、ボンネットの一部やガラス、屋根、バンパーなどを取り除いたり、チョップドトップ(車両のルーフの高さを低くする改造)を行ったりしてボディを軽量し、エンジンの出力を上げ、何なら丸ごと高性能なエンジンに載せ替え、マフラーを左右に羽のように配置し、ボディをフレイムペイント(ファイアーパターン)で塗装するというもの。ニュークスの車も塗装以外全て当てはまります。まあディストピアでは流石にボディを全塗装するほどの塗料を調達するのは難しかったのかもしれません。
なお、ニュークスの車は他にもブレーキ・パッドに自分の名前「NUX」の3文字を刻印したり、ダッシュ・ボードにカラスの頭骨とスプリングで作ったボビングヘッドをくっつけたり、マックスを縛り付けるポールの先端に頭蓋骨の装飾を付けたりと、他の車に比べて遊び心に溢れています。おそらくニュークスの車は若者特有の気ままさや個性の表現であるクリエイティビティを象徴する存在だったのでしょう。だからこそ、ウォー・ボーイズの設定や彼の最後の悲壮感がより一層際立つんですよね。

他にも、人食い男爵の愛車がベンツのリムジンという、キャデラックとは違ういかにもな金持ち車だったり、その護衛車がみんなフォルクスワーゲン・ビートルと「ドイツ車まとめ」だったり、武器将軍の愛車が軽戦車の上にクライスラー・オーストラリアが生産していた1970年型クライスラー・ヴァリアントを載せていて、インターセプターと同様にアメリカのビッグ3の車だけど「オーストラリア生まれの車」だったりと様々な車に関するネタと設定が詰め込まれており、本作の車に着目することで、オーストラリアにはホールデンしか自動車メーカーがなく、自国より他国の自動車メーカーの車を生産していること、そして他国の自動車メーカーの車を新車ではなく中古車で買って自力で整備したりカスタムする人が多いこと等、同国の車文化も見えてきます。これ、オーストラリアの車好きに別方向からたまらない映画だったのではないでしょうか。


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