忘れられない接客

忘れられない接客をしていただいた。山本さんという方だ。

マスク生活になってから、香水をつけることはほとんどなくなってしまった。しかし心機一転、気分を変えて仕事を頑張りたくて、仕事の日に付けられるような「イヤらしくない香水」を探していた。

不馴れな足取りで店内をウロウロし、やっぱり私にはちょっと大人すぎるかなと立ち去ろうとしたとき、「よければ香りだけでも試してみませんか?」と声をかけてくださった。黒のジャケットをサラッと羽織ったその方は、洗練された店内にとても相応しかった。いつも香水を使い切ることができないので50mlくらいの小ぶりなものを探していたが、そのブランドは100mlのみのワンサイズ展開であった。残念がる私に山本さんはメモ帳を取り出して、「それでね、私調べてみたの」と言った。「100mlを1日1プッシュずつ使うと、大体1年と10ヶ月くらい。1日2プッシュだと・・・」と細かく教えてくれた。プロだと思った。それでも迷っていると、「私、お姉さんにおすすめしたいメゾンがひとつあるの」と言って、先ほどのテスターの好みからいくつかをピックアップして「こういう順番かな」とささっと並べてくれた。またしてもそこでプロだと思った。これだけたくさんのブランドの何十種類とある香りの中から、目の前にいる一人のお客のために好みを瞬時に読み取って提案できる。本当にプロである。

ネットで商品を買うことに慣れてしまったこの時代に、久しぶりに人から商品を買う喜びを味わった。結局3種類の香りで悩んでいると、全部を腕につけてくださって、「時間と共に香りが変わりますから、それも楽しんでみてください」と、私が検討しやすいように逃げ道をくださった。そこもまたプロだと感じさせられるところであった。実はもうその時にはなんとなくこれかな、というものは決めていたのだけど、お値段もいいものなので一度持ち帰ることに決めた。
翌日、商品を求めてもう一度お店に足を運んだ。山本さんの姿を探したが、残念ながらいらっしゃらないようだった。できればもう一度接客をしてもらって商品を購入したかったが、家の近くではなかったため手間を考えるとその場で購入することを選択してしまった。お会計の際に、昨日香水の名前を書いてもらったショップカードを別のスタッフの方に渡して、「素晴らしい接客をしていただいたので、その感謝を山本さんへ伝えてほしい」とお願いをした。

今度行くときには、まだいらっしゃるだろうか。もしかするともうお会いすることはできないかもしれないけれど、私はこの香りに包まれるたびに山本さんの接客を思い出すことだろう。どんな仕事でもプロというのはかっこいいなと、改めて感じさせられる出来事だった。そして、人の心に届く仕事とはどんな仕事だろうと、考えさせられる出来事であった。

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