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【日本一周195日目】石垣屋に着、関宿を散策(2023.6.28)

2023年6月28日(水)日本一周195日目

走行距離:54km
三重県伊勢市→三重県亀山市

◾️出発

朝は、風見荘のテーブルで仕事を済ませ、出発。この小さいデスクが落ち着く。

今日は、50kmほど先の石垣屋という宿に泊まるということ以外特に決まった予定がなかったので、割とのんびりである。今日は午後から雨なので午前中のうちに移動しておきたい。

石垣屋のオーナーさんに事前にお願いして、少々早めにチェックインさせてもらえることになった。

時間があるので、風見荘と石垣屋の間にある公営ジムへ行ってみた。

新しい公営ジムで、快適にトレーニングできた。

◾️石垣屋

そのまま、石垣屋に向かい到着。

石垣屋は、旅中に出会った人やゲストハウスの本でみて、とても気になっていた宿だ。石垣屋は、関宿という古い町並み残る宿場街にある。石垣屋に着く直前に突然町並みが変わって驚いた。

石垣屋に到着すると、オーナーのタクヤさんが石垣屋の内部を丁寧に案内してくれた。石垣屋は、歴史的建造物のような構造で、古い家電や小物もたくさん展示してあり、博物館のような空間にワクワクした。

女性部屋は離れとなっており、静かに眠ることができそうだ。

早めに到着できたので、お昼ご飯がてら、町を散策しにいくことに。今日は暑かったので、普段バイクに乗ってると着ない半ズボンと石垣屋に置いてあったサンダルでお出かけした。

◾️関宿

タクヤさんに聞いたおすすめのランチスポット「山石(さんせき)」。お昼は定食屋として営業している。

日替わり定食の肉ときのこ炒めを注文。ここのところ、単品料理や洋食がおおかったので、こんな感じの定食を食べるのは久しぶりだった。

帰り道、スーパーに寄って今日の夜ご飯で作る材料の買い出しとアイスを買って食べた。

午後からは仕事のミーティングが入っていたので、軒先でお仕事。

豆知識💡関宿の歴史
関町は鈴鹿山脈の東麓にあり、古代には越前の愛発【あらち】、美濃の不破【ふわ】とともに三関と いわれた伊勢鈴鹿の関が置かれていたところです。町名もこの鈴鹿の関に由来します。
伊勢鈴鹿の関が初めて歴史に登場するのは、天智天皇の死後、大友皇子と大海人皇子(後の天武天皇) が皇位を争った壬申【じんしん】の乱(672年)の際、大海人皇子が鈴鹿・不破の関を固めたことによります。 延暦8年(789年)、桓武天皇によって三関は廃止されますが、その後も天皇の崩御【ほうぎょ】 や政変などが起こるたびに関が固められました。鈴鹿関の位置や規模、当時の「関」の様子などははっきり とわかっていませんが、現在の関宿の位置にあったと考えられています。

引用:亀山市HP

◾️夜ご飯

夜ご飯は、きゅうりと鶏胸肉を使っておつまみを作った。

和歌山で買った梅と味噌が余っていたので、それに合う料理にしてみた。

石垣屋ファミリーも混ざってみんなで夜ご飯。タクヤさんがこの家に住むようになったきっかけや宿を始めるまでのお話を聞くことができた。


つづく…



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