雨の日の点検の人のはなし

自分が想像もしてないタイミングで知らない人から勇気をもらうことがある。たまに起きる。たぶん一年に2、3回くらいで起きる。

この間、家に帰るとポストに電気屋さんからのお知らせで今度点検に参ります、との紙が入っていた。
翌週の月曜日の13時から16時と書いてあって、その日は13時半まで大学で健康診断の予定があるけど、まあ行けるか〜と思って忘れないように手帳に予定を書き込んだ。

そして翌週の月曜日。予想通り健康診断は13時半くらいに終わって、家に着いたのが14時近くだった。ポストを確認しても何も紙が入っていなかったから、まだ来てなかった!と思って一息ついてたら丁度インターホンが鳴った。なんてジャストなタイミングなんだろうと思いながら玄関を開けて、家の中のブレーカーを点検作業が始まった。

点検の人が私を背面にして作業してくれてる。こういう何かの作業中、家主なんだから堂々と構えていればいいのに私はソワソワしてしまって少し離れたところからその人の様子を見守っていた。そうすると、「学生さん?」とその人に話しかけられた。「はい、そうです。」と答えると次は学部を尋ねられた。あ、この人作業中お喋りする派の人だ!と思って、私も初対面だったけどその人とはなんとなく話しやすい気がしたので、また少しだけ近づいて話し始めた。

学部を聞かれて、「国際学部です。」と答えると、「あ、じゃあ外交官の○○さんは知っていますか?」と言われた。私は知らなかったので素直に知らないと告げると、点検の人はブレーカーの確認をしながらその外交官の人のことを語り出した。
話を聞いていると、点検の人はその外交官の人と昔からの知り合いで、仲が良かったこと、大学を卒業してから外交官になるなんて想像もしなかったこと、何年か前に外交官の方はイラクで殉教してしまっていたことを話していた。イラクでのことを人伝に聞いたときはわんわん泣いたと言っていて、私もそんなパーソナルな話がこの場で語られると思っていなかったから、なんて答えればいいのかわからなくなってしまった。

私が言葉に詰まっていると、点検の人が「はい!終わりましたよ。」と言ってその話は切り上げられた。その後少しだけ作業内容の説明があって、私が感謝の言葉を述べると、「あなたも国際学部なんだったら外交官とか海外で活躍されるようになるんでしょう。頑張ってくださいね。」と励まされた。
その日は雨で、雨は丁度点検作業が始まった頃から降り出していたからその人は「では、また。」と言って雨の中歩いて行った。

こんな風にその日初めて会った知らない人に励ませられることが時々ある。大体そういう日に限ってオンデマンドの授業が溜まっていたり、午後からバイトがあったり少しブルーな気分な時だけど、そう言う言葉で心が一旦浄化される気持ちになる。あっ、と基本に立ち返らされてこの後も頑張ろうと思える。

実はその日、その人が帰るとスマホでさっきの外交官の人の名前を調べてみた。するとその外交官の人のことが書かれた本が出版されているとあってすぐにアマゾンで購入した。
私が部屋でスマホをいじっている間もあの人は雨の中近くの家のインターホンを鳴らして、点検作業を続けていた。案外出てこない人も多くて、私はその日その人が来る前に家に帰って来れていて良かったなと思った。
たぶんその人もその外交官の話も私の中ではずっと記憶として残り続けると思う。そういうのが心の一部分の隙間を埋めて、色んな人に支えられているんだなって感じた。



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