東京他人物語「練馬のミチちゃん」


ミチちゃんと初めて会ったのは、実は最近だ。多分半年前くらいのことだ。はじめて会ったその日、さっぱりとしたグレーのセーターを着て、暗い色のジーンズを履いていた。決して派手ではなくて、シックな装い。耳下で丁寧に切り揃えた黒髪と、きれいに並んだ顔のパーツ。特にくりくりとした大きな目が目立っていた。ミチちゃんは、あまりお酒が飲めなくて、コーヒーの方がすきだと言っていた。黄色いアメスピを吸う。ミチちゃんは、猫みたいな子だ。一緒に雲に乗らなくても大丈夫な子だし、そもそも乗らない子だ。今までの女の子たちは、みんな違った。みんな、乗りたがるし、乗せようとする。それは、本来ならばしょうがないことでもあるけれど、僕はそれを許すことができなかった。なぜなら、僕は音楽をやっているのだ。一緒にいるのは夢みたいに楽しくて、正直に言うと、僕はミチちゃんのことが何よりも大好きだった。こざっぱりした部屋で、難しい名前の植物を愛していた。「コウモリランを飼っているの、『飼っているのよ』」と何度も僕に説明した。鮮やかなグリーンがよく似合う。グリーン、グリーン。愛している。彼女の家のふわふわのベッドでするセックスは、最高だった。彼女の太腿はきもちがよくて、日曜の朝みたい。僕はミチちゃんが大好きだ。ミチちゃんは、僕をいつも幸せな気持ちにさせたけど、悲しいかな。同時に窮屈さも感じさせた。「何かあったら、最悪私が面倒をみてあげる」という情が奥底に黒光っていて、それを感じるたび僕はとんでもなく、家に帰りたくなった。彼女は、僕が音楽をやめたら、僕のことを好きじゃなくなると思う。それがわかったのと同じくらいの時、彼女が知らない男と腕を組んで、家からを出てくるのを見てしまった。ミチちゃんのくりくりの目が、暗くて、暗くて、悲しかった。こんな僕でも、おい、ふざけんなと思った。けれど、同時にすごくホッとした。僕は彼女を幸せにはできないし、彼女も僕を幸せにできないことを、ずっと前から知っていたからだ。恥ずかしい話、彼女の歌をたくさん書いてしまった。けれど、きっと気づいていないと思う。それでいいし、それがいい。グリーン、グリーン。愛している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?