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試験対策プリントを作った人の意外な成績と、7回読みについて

大学時代、専門が始まってからは、授業にはそこそこマジメに出ていたのではないかと思うのだが(まあ、そこそこくらいのレベルで)、教養時代の授業はかなり自主休講して、そのぶん映画を観たり、本を読んだりしていた。

そしてどこからか流れてくる、誰が作ったのかもわからないノートのコピーをもらって読み、試験を受ける。単位は計算していたし、文学部に行きたいだけなら、平均点が高くなければいけないような学科は、まあほとんどない。

わたしのいた文学部進学のゆるゆるな教養課程では、法学部伝説が語られていた。いわく、かれらは1限からびっしり授業に詰め、昼休みになると食事もそこそこに、サーっと図書館に移動し、3限になると、また教室にサーっと戻る。

遊び(=余裕)なし。伝説というか、本当に(そうする人は)そうらしい。文学部進学課程ではまず、考えられない。

試験対策プリントをつくる人の成績は当然優だろう、と思っていた。なので東大法学部を首席で卒業し、大学3年のとき司法試験に受かったという山口真由さんの、「7回読み」の本を読んでいて、衝撃を受けた。

法学部では、試験対策プリントをつくるのが上手な学生の成績は、「中の上」なのだそうである。えっ、なんで?

それはノートをきれいにまとめる過程で、情報が落ちているから。なんと。

山口さんは授業中、ノートを取らない。いや、取らないとサボっているように思われるので、ひとめを偽る程度に、備忘録のようなものを取る。そして授業内容を毎回録音し、「えー」「うーん」といった間投詞まで、音声をそのまますべてテープ起こしする、というのだ。

そしてそれを端から端まで、おぼえこむ。それをすれば、いかに東大法学部といえども、たしかにいい成績が取れるだろう。

これを読んで、でも80/20の法則というものがあるじゃないか、とわたしは思った。例えばある本を読んだとき、本当に重要なことはその20%である。ある会社のできる人の割合は20%とかいう話は、ちょっとかなしいのであるが。

何かの本を読んで、自分にとっての教訓が3つくらいあったら十分とかいう話も、聞いたことがある。

と思ってすぐ、彼女の方法は、究極の80/20というか、20どころじゃなくてそれ以下であることに、気づいた。なぜなら彼女は、他のことをしないから。教科書を決めたら、それを血肉と化すまで、徹底的に繰り返す。

それが大学の講義なら、テープ起こしノートである、というわけ。

いうまでもないが、これは司法試験とか(受けたこともないので、単に彼女が受かったということからの推測に過ぎないが)の、恐るべき暗記量が必要とされる資格試験対策のための、方法である。

わたしの講義を録音してテープ起こしする学生はいないと思うが、したからといってそれだけでは、レポート(わたしの講義は試験ではなくレポート採点である)でいい点は取れない。それは講義で扱った題材や分析手法をつかいながら、自分で考察することが、必要とされるから。

それでもレポートを読んでいると、自由に書かれ過ぎていて、で、講義は聞いていたんですかね、と思うようなのもよくある。それも、よろしくない。

自分のオリジナルな考えなんて、そうそうあるものではない。自分の考えというものは、過去の叡智を自分のものとしたうえで、選択したり組み合わせを変えたりしながら、自分の中でつくっていくもの。

だからこれは徹底的に学んでおこうと思う分野に出会ったら、教科書をきっちり決めてマスターするのは、語学の勉強の場合も含め、たしかに能率的だ。そしてそれを軸にして、自分なりに知識を広げていく。

必要なのは、日々考えながら磨きつづけていく、自分独自のフィルターである。過去を使いつつ、またそれに縛られることもなく、自分の知識と知恵を刷新しながら、成長させつづける。

法学部的勉強方法に、文学部的教訓をつけ加えれば、そういうことになる。

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