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狩猟体験記③ 解体作業〜生き物、食べ物の境い目

朝。
食事をとりに集まると、告げられた。

「罠にかかっていると連絡があったので、この後行きましょう」

いよいよその時が来た。
数日前に仕掛けておいた罠の1つに、獲物がかかっているという。一気に走る緊張感。車に乗り込み現地へ向かうも、みんな黙ったまま。ドキドキして言葉など交わせない。猟師さんもあえて会話をふってこなかったのだと思う。各々がここへ来た想いをめぐらせながら、静かに覚悟を決める時間だった。

結果としてこの日は2頭の動物と、私たちは向き合うことになる。人間に殺されようとする瞬間、それに抗う命の激しさを、この胸に刻みつけられた。こんなに激しい命のやり取りの中で私は生かされていたのか。本当に何も見えていなかった。

「感謝して頂きましょう」
今となっては思う。耳触りの良いこの言葉で、生きることの暴力性を誤魔化していたなと。狩猟体験の後しばらくは、無責任な言葉のように思えて違和感があった。それは私が都合良く使ってきたから。あれから少しずつ整理ができて(現在進行形だけど)、感謝という言葉に帰って来られた。
1つの命が途絶え、私の元へと辿り着いたご縁に。そうして命が巡り、生かされていることに。ただ感謝する。
そこにはどんな理由も使命感も、人のエゴなのかも知れない。正解も無い。
だから一方的に感謝し、頂く。

話を戻して。
現地に着いて車を降り、山へ入る。足元の悪さに気をつけながら歩いていると、ガサガサと音がした。
そこには体長1メートル程のキョンがいた。
近づいて来た人間に背を向けて逃れようとするも、罠に足を捕らえられて走れない。どのくらいもがき続けたのだろう。ワイヤーの食い込んだ足首の肉が千切れて、ぐるりと骨がむき出しになっていた。それでも、もの凄い勢いでワイヤーを引っ張り逃げようとする。
痛い、痛い…これを殺すのか、こんなにも生きようともがく命を、奪うのか、私たちが。
猟師さんがキョンの足をつかんで持ち上げると、甲高い声で激しく鳴いた。大怪我をしているとは思えない、驚くほど大きな鳴き声が、辺りに響いた。キョンは敵に襲われると子供の声を真似て鳴き、仲間に助けを求める。その必死さに、私たちは圧倒されてしまった。
無理だ、出来ない、と思った。

「さて、ここからやりたい人いますか?」

手順は鉄パイプで頭を殴って気絶させた後、ナイフで首の頸動脈を切るのだが、殴る力が弱いと気絶出来ず、苦しませることになる。躊躇して力が入らなかった為に上手く気絶させられず、泣きながら何度も振り下ろした参加者の話を聞いていたから、余計にためらわれた。皆、無言になる。張り詰めた沈黙。
「誰もいないですか?いえ、大丈夫ですよ。それが普通ですから。」
その時、1人が手を上げた。
「最初は僕、いきます」
先日、他で解体作業を初めて体験して来たと話していた男性だった。キョンの叫びに圧倒され真っ白になってしまった頭で、私も覚悟を決めた。真っ白だったから決められたのかもしれない。
「ナイフは私がやります」
早く楽にしてあげよう、と思った。


ここから先は写真を少しだけ交えながら書いていきますが、生々しい表現が続くので公開範囲を限らせていただくことにしました。私が見た、命のめぐり。料理人として扱っていたのは、食材であり、命だった。
有料となりますが、必要な方へと届きますように。

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