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狩猟体験記① きっかけ〜肉は何処から来るのか

この数年ずっと違和感があった。
料理を仕事としていながら、「肉」の正体を私は知らない。知識としてではなく、何かを見落としているような。そんな気がしていた。

きっかけは狩猟をされるお客様から頂いた鹿肉。秋になると毎年のように店でも鹿肉を仕入れていたから、扱いには慣れている。頂く肉もその延長線上だと思っていた。

そこには骨付きのももが、でん!と1本。皮は剥がれていたけれど、所々に毛が付着していたから、まずはそれをきれいに取り除く。骨から肉を外したら、筋肉を部位ごとに包んでいた膜をさくさくと指で裂き、現れた肉を切り分け、筋を除く。立ち込める匂いがいつもより濃い。血の匂い?というか、獣の匂いだ。嗅ぎ慣れない匂いが、鼻の奥にまとわりつく。

それには所々、いつもの鹿肉より少しだけ、肉の主である「一頭の鹿の存在」がこびりついたままだった。けれどこの「少しだけ」が私には強烈な記憶として残り、数年後、狩猟体験へ導くこととなる。

長年、調理という仕事を通して多様な肉を扱ってきたつもりだったが、やっと、生前の姿を思い浮かべさせるような肉との出会いだった。
普段仕入れる肉は、ありがたいことにきれいに毛も血も除かれて、私もそれを「肉の塊」としか認識していなかったことに、この時になって気付かされた。当然のことだけれど肉となる前は、野山を駆け回る一頭の鹿だった。頭では分かっている。けれどきれいに処理されビニールで梱包された肉から、その姿は見えていなかったんだ。

この肉は何処から来て、どのような道を辿り、私の元へと来たのか。もっと知りたい。「生き物」が「食べ物」になるその瞬間を、この目で確かめたい。やがてそんな想いが湧いてきた。

けれど、なかなか機会には恵まれず、やっとチャンスが訪れたと思ったらコロナで行くことも叶わなくなったりで、なんとなく数年が経っていた。
ある時、ふと検索した情報から、千葉の現役猟師さんによる狩猟体験イベントを見つけた。限定10名。一泊二日のディープな体験。
これだ!と思った私は直ぐに申し込む。メールでやりとりし、意外にも、私のようなおひとりさまの参加は多いそう。

こんなチャンスがあるとは思わなかった。(調べると各地で似たような募集があり、関心が高まっていることを知る)
その現場を見たら、トラウマになって肉を食べられなくなるかも知れない。でも、それならそれでいい。小さな覚悟があった。

期待と不安が入り混じり、迎えた当日。
レトロな電車に揺られて辿り着いたのどかな町は、春になると桜や菜の花が美しい、鉄道好きにも人気の観光地なのだそう。
そんな穏やかな風景の中に、野山を駆け回る鹿が、土を掘り返し餌を探す猪が、ひそんでいる…。
別世界にでも向かうような気分だ。

集合場所に着くと意外なことに、メンバーの半分は女性!20代の若い子もいた。

後日談になるけれど、私が狩猟体験したことに興味深々で話を聞きたがったのも女性が多くて
「実は私も興味があった。」
「でも、怖くて…」
とも、ちらほら耳にした。

パック詰めされた肉からは見えなかったこと。
殺して食べることに、きれいごとは必要ない。それでも食べて生きていくのだと思った。
私たちはすでに、命のやり取りの中に身を置いているし、それは怖いことではなかったと伝えたい。そうやって命を繋ぎ、今の私があるのだから。

菜食主義という選択をする人も増えたし、肉の代替食品も増えた。何を食べていくかは、どう生きていくかにもつながる。いろんな考え方があるし、今は価値観の大きな変わり目なのかも知れない。先のことは分からない。けれどこれから様々な選択をして生きていく上で、今回の体験が私の中の軸になると思う。

(2に続く)


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