◇風邪のバニラアイスクリーム

今朝起きたときに鼻づまりを感じて、風邪だろうかとヒヤッとしました。しばらくしたら治りましたし、ほかに症状も出ていないので、一過性のものだったのかもしれません。

さて、風邪といえばバニラアイスクリーム。わたしの中ではそうです。発端となった出来事は覚えているのですが、年齢は定かではありません。でも小学校の低学年よりは下だったと思います。

その日は母方の祖父母の家に、ひとりでお泊りしました。とはいえ同じ市内で、祖父母に会うことも家を訪ねることも、なんら珍しいことではなかった。けれど自宅以外で眠る、両親も兄弟も側にいないという状況は稀。非日常的な感覚に、きっとわたしは興奮していた。
大きなベッドを使わせてもらえたことも、大はしゃぎする一因でした。自宅では和室に布団を敷いていたので、ベッドは憧れの存在だったんです。踏み込めば跳ね返してくる、それが面白くて、寝る前はずっと飛び跳ねていた。

深夜。どうにも苦しくなり、祖母を起こしました。なんだか身体が熱い。頭がぼうっとする。体温を測ってみると37度を超えていた。
連絡を受けた母がすぐ駆けつけてくれ、自宅へと帰る運びになりました。母は心配こそすれ、熱を出したことも、深夜に呼び出される結果になったことも、全くとがめながった。

その時の気持ちといったら。せっかくのお泊りが台無しになり、母にも多大な迷惑をかけてしまった。ひとりでお泊りできれば、その分大きくなれたと思うのに、それもダメになってしまった。そうした渦巻く感情に、身体の辛さが拍車をかけてくる。
途中、母がコンビニへ寄り、何か口にできるものはある?と聞きました。その時わたしの頭に浮かんだのが、
「……アイス。バニラの……」
それ、だったのです。

残りの道のり、バニラアイスクリームをすくって舐めながら、わたしは流れる景色を眺めていました。舌の上で溶け、喉をするりと通ってゆく心地よい冷たさ。甘み。熱をやわらげ、心に沁みていくようだった。
母のほうを見られなかったのは後ろめたさもあったけれど、こぼれそうになる涙を見られたくなかったのだと思います。

この出来事があってから、風邪で体調を崩したとき、特に熱があるときは、無性にバニラアイスクリームを口にしたくなりました。惨めな、泣きたくなる記憶と切り離せはしないのだけど、それ以上にバニラアイスクリームがもたらした心地よさが蘇る。大人になった今でも、完全には失せていない。

普段、元気なときにバニラアイスクリームを口にしても、その感覚は得られません。でも、そのために風邪を引きたいとは思わない。風邪を引かないに越したことはない。
風邪のバニラアイスクリームは記憶に留めるだけにして、体調に気をつけてゆこうと思います。