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[掌編]星を拾った日

琥珀色のパラフィン紙で幾重にもくるまれた星を買った。

不愛想な店主に軽く挨拶をして店を出た。インバネスに湿った空気がまとわりつき、空を見上げると、月が雲に隠れ、星も疎らにしか見えない。不意に肩を叩かれて振り向けば、店主が無言で黒い蝙蝠傘を差し出した。

夜半にさしかかった町は静かで、たまに車が通り過ぎるだけだった。私は周りに人のいないことを確認し、今しがた買った星を取り出した。

包まれている星はランダムで、開けてみるまでわからない。

何度か購入しているが、めあての赤い星だけ当たらない。私はごくりと唾を飲み、そっとパラフィン紙をはがしていった。やがて外気に触れた星が光り始めるのを見て、今度は舌打ちを飲み込んだ。

それは何度も引き当てた、青く輝くスピカだった。乙女を象徴するこの星は人気が高く、スピカばかり集めるコレクターもいると聞く。

しかし私は薄荷の香りが嫌いだし、青白い光は寒々しくて苦手だ。パラフィン紙を丸めて隠しに入れ、スピカを高く放り投げる。それは光を増しながら、ゆっくり空へ上っていったが、雲に隠れて見えなくなった。

帰り道、通りに置かれたゴミ箱に、隠しに入れたゴミを捨てた。するとゴミ箱の奥底で、ほんのり光るものがある。私は再びあたりに人のいないことを確認し、深呼吸をしてからゴミ箱のなかへ手を入れた。

破れた新聞、マスタードがこびりついたサンドイッチの包み紙、カフェのひしゃげた紙コップ……一日分のゴミをかきわけて、ぐしゃぐしゃに皺のよったパラフィン紙に包まれた光をすくいあげる。不思議な興奮を抑えて紙を開くと、包まれていたのは粉々に砕けたアンタレスの星屑だった。

ああ、これこそ私が欲しかった赤い星。それは砕けてなお美しく、微かにバラのような香りがする。私ならこれで絵を描くし、砂時計にしてもいい。星屑になったとは言え、こんな通りのゴミ箱に捨てるなど愚かなこと——。

そう思ったところで、先刻自分がスピカを空に還したことを思い出した。だれかにとって無価値でも、私にとっては価値がある。その逆も然り。人をとやかく思う必要はなく、自分に忠実であればよい。

星屑を鞄の奥にしまうと、遠くで雷が鳴る音がした。ぬるい雨粒が落ちてきて、店主から借りた傘をさした。内側に、夏の星座図が描かれていた。

この掌編は、創作スタンプラリー企画さんの企画を元に書きました。

ここしばらく、物語ってどうやって書くんだっけ?状態だったのですが、素敵な企画のおかげで久しぶりに書けました。最後までお読み頂きありがとうございます。ちょっとでもお楽しみ頂けたらうれしいです。

追記:筆が乗ったので対になる話を書きました

再追記:間違えて出されたアルタイルにお詫びの話を書きました。