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きょうちゃんのこと #あの日のLINE

LINEのスクショをしょっちゅう撮るくせにそれを見かえすことが少ないのは、メッセージを送ってきた相手がもう、いまここにはいないからだ。人の気持ちと関係は刻一刻と変わっていくから、文字にされたたいがいの「いつか」や「ずっと」はいずれウソになる。その変化はスクショを撮ったところで止められないってわかっているのだけど、それでも確かにあったということを覚えていたい日はある。

***

ゼミも専攻もサークルも違ったから、私ときょうちゃんがキャンパスで顔を合わせることはほとんどなかった。在学中からよく遊んでいた記憶はあるのだけど、なにがきっかけで仲よくなったのか思い出せない。音楽やラジオ、本が好きという共通点はあったけれど、話してみればお互いが通ってきたものはけっこうばらばらだったし、背が高くて華やかな顔立ちのきょうちゃんと私とは見た目も似ていなかった。

でも、キャンパスのなかですれ違った私たちがたまに立ち話をしていると、同級生に「なんか姉妹みたいだね」と言われた。ありがとうとも似てないよとも言えずに「そう?」みたいな返事をしてしまって、あとからふたりになったときに「……姉妹って言われていやじゃなかった?」「いやじゃないよ」「ごめん」「うれしかったよ」とボソボソ確認し合った。そういうところだけはたしかに私たちはよく似ていた。

大学の近くにあったきょうちゃんの家にはときどきお邪魔した。夏になると「激辛鍋しよ」と連絡がきて、ビールを抱えて彼女の家に行った。汗だくで鍋をつつきながら、授業のことや、観た映画のこと、失くした財布のゆくえ(きょうちゃんは夏がくると外で酔って財布を失くしてしまう)、彼氏のこと、いろいろ話した。

きょうちゃんは酔うと決まって「私はしほちゃんが人を殺してもしほちゃんのこと嫌いにならないから」と言う。言われるたびにいや人を殺したらさすがに嫌いになってくれ、と笑ってしまうのだけど、いちど好きになったものをずっと好きでいられるのは彼女のすごいところだったし、なにかを好きでい続けようとすることに途方もない労力がかかるのはよくわかっていた。彼女が映画や本の悪口を言うとき、その理由がいつも「細部に愛がない」なのが好きだった。きょうちゃんは愛にぜったい手を抜かない。



卒業してからも私たちの関係は変わらなかったけれど、環境は大きく変わった。私は人と付き合ってボロボロになって、なぜか体の右半身が痺れて動かなくなり、ライターになりたくて始めたアルバイト先のIT企業を休みがちになった。同じ時期に胸に腫瘍が見つかり手術が決まったこともあって、簡単に言うと心身がまとめてめちゃめちゃになった。

こんなことってあるんだなあと思いながら会社に辞表を出し、付き合っていた人に別れたいと伝えると、私は急になにをしたいんだかわからなくなってしまった。

仕事をしているときは「書いた記事を読んでくれる人のため」と思っていればほかのことを考える必要がなかったし、付き合っている人に対してもそれは同じだった。けれどそのふたつをいっぺんに切り離してしまった瞬間、型抜きでボコボコにくり抜かれた生地みたいになった自分をどう扱っていいのか思い出せず、このままじゃやばいと思いながらも、寝ることとお酒を飲むこと以外ができなくなった。大学を出てからちょうど1年が経っていた。

きょうちゃんはそのころ、広告会社に入って毎日忙しく働いていたけれど、ときどきLINEをくれた。親や知り合い、飲み歩いていた先で出会ったよく知りもしない人たちから「どんな社会人になりたいの?」「将来なにがしたいの?」と問い詰められ続ける毎日のなかで、きょうちゃんやほかの友だちが送ってきてくれる他愛ない話やちょっとした相談は、いまここにいることの手ざわりを確かめられる唯一の手段みたいだった。

いちど、きょうちゃんに「生きるモチベーションってなに?」と聞いたことがある。我ながら急に送られてきたらびびるLINEだと思うのだけど、当時はなんのために生きているのかが本当にわからなくて毎日オロオロしていたから、本気だった。適当に返してくれてもよかった。けれど翌朝起きると、長い返信がきていた。

読んだときに素直に「そうか」と思ったのは、いろんな人たちに5年後や10年後を見据えろと言われ続けてうんざりしていたのも大きいけれど、なによりも、彼女が私に言ってくれたことだったからだと思う。人を殺してもしほちゃんのこと嫌いにならないから、とまで言ってくれるきょうちゃんの言葉を信じられないはずがなかった。きょうちゃんはこういうときぜったいに適当なことを言わない。冗談でもいいのにそうしない。

LINEを読みながら、今日なにかに出会うかもしれない、と思って家のドアを開ける瞬間の彼女のことを考えた。きれいだなあと思ったし、私もなにかから(もしかしたら今日出会うかもしれない、どこかの誰かから)、そう見えていたらいいと思った。自分を持てとまわりに言われ続けていたけれど、自分なんて人との関係のなかにしかないじゃん、私のことなんか知らないくせに、と急に開き直れたのもそのときだった。うるせえ、なにか言うならきょうちゃんくらい私のこと知ってから言え。LINEのスクショを撮って、ありがとうと伝えてから、選考途中だった企業へのメールを返した。

***

大学を卒業してから今年で5年経つ。きょうちゃんは転職をして記者になり、私もフリーライターになった。

すこし前に彼女からきたLINEは「彼氏と別れた」だった。「いまどこ?」と打ちながらすぐに電車に乗って、きょうちゃんとのさいきんのLINEを見返す。私が居酒屋で急に泣いたときに貸してもらったハンカチを返すねというやりとりがそのひと月前にあって、いつもほんとありがとうごめん、と思った。駅で会ったきょうちゃんが泣きそうな顔で「ほんとありがとうごめん」と言うから、「こっちがだよ」と言った。

この文章を書きながら、昔のことを思い出そうと思ってLINEをさかのぼっていたら、

こんなやりとりを見つけて笑ってしまった。人とのLINEのスクショなんてめったに見返さないのだけど、きょうちゃんとのやりとりだけは例外的によく見てしまうのは、彼女の言う「愛してます!!」だけは今日いま、この瞬間もマジというか、既読をつけた瞬間から永遠に有効という気がしてうれしくなってしまうからだ。

本当はこんなこと書かなければよかった、だれにも見せたくなかったってすこしだけ後悔している。でも、どうせこのあときょうちゃんに長いLINEを送るし、その話はだれにもしない。


この記事は、LINE株式会社のオウンドメディア「LINEみんなのものがたり(https://stories-line.com/)」の依頼を受けて書き下ろしたものです。
編集の今井さん、載せていいよって言ってくれたきょうちゃん、ありがとうございました。

#あの日のLINE #エッセイ

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