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子どもから他の女の匂いを感じた日と、香りの自由みたいなもの

子どもを抱っこすると、おばあちゃんの家のバスクリンみたいな、ちょっと懐かしくなる、人工的ないい匂いがした。

それははじめて一時保育を利用して、迎えに行った子どもを抱き上げた時だった。お風呂でも入れてもらったの?と思いながら、匂いと預けたことの関係も判然とはしなくて、ただその日はずっと、いい匂いがするなあと思っていた。

また違う保育園に預けた日、やっぱり子どもから芳香が漂った。なんか、いい匂いがする・・・だんだん、一時預かりを利用した日は子どもが香ることがわかった。その頃、実家で洗って持ち帰ってからずっとタンスに入っていた服を久しぶりに取り出したら、ラムネみたいな匂いがすることがあって、それでやっと、保育士さんの服についているいい匂いが子どもの服に移ったんではないかと思い至った。

2時間預けただけでも、子どもは芳香をまとって帰ってきた。他の女の匂いをさせている・・・そんなフレーズが浮かんだ。

0歳児は抱っこしてもらうことが多いから、服の匂いがつきやすかったんだろう。1歳をすぎて毎日保育園に通うようになってからは、ほとんど気になることはなくなった。でもお昼寝布団にはやっぱり、独特な、なんともいえない、いい匂いの成れの果てみたいな匂いがついている。

うちでは無香料の洗剤を使っているが、実家では洗濯機と相性がいいんだろう液体洗剤を使っていて、その匂いはすごく強い。実家の洗面所に置いてあるのは、有名なというか、昔からある商品名の一般的な洗剤。でもこれ、こんなに匂い強かったかな?と思う。長らくタンスに入れておいて取り出した時に匂うほど、洗剤の匂いって、するものだったっけ?

洗剤の洗浄力というのはそんなに違いがないようになって、そこで商品としての差別化のために香り要素の役割が大きくなって、好きな香りで選ぶみたいなことになってるんだろうか。ドラッグストアに行くと、香りづけするためだけの商品もあったりして、洗濯の意味が変わってきてるんだなあと思う。

香りが持続するのは、微小な香りのカプセルが時間をかけて徐々に開いていくといった、新しく開発された技術にも依るらしい。海外ではそれがマイクロプラスチックの一形態として環境に悪影響として規制、禁止される動きがあるけど、日本ではまだそうなっていないといった話でもあるらしい。

香害という言葉も聞く。つわりで、衣類から発される強い香りがほんとうに辛かったという友人もいた。

いい香りとかいい色とか、天然の美しくてキラキラしたものを人が享受するのは実はものすごく贅沢なことで、たぶん少し前までは貴族とか王様とか特権階級にしか許されなかったことで、それが社会全体が豊かになったり構造が変わったりしたことで庶民でも手に入るようになったのはそれでも一部のことで、大きいのは技術が進歩して色や香りを作り出せるようになったからのはずで、だから今の世にあるいい香りやいい色をすべて天然物でつくることはたぶん無理で、それならそれで限られたものを限られた場面で丁寧に繊細に楽しめばいいと思うけれど、いやせっかく作り出せるようになったこの香りにずっと包まれていたいんだっていうことがあったとして、それもそれだって思う。選べるものから何を選ぶかは人それぞれの自由だ。

それで、香りの自由みたいなことを思う。だって夜中に大声で外で歌うのはナシというような表現の自由と同じで、完全な自由ではなくて、どこかに制限の線引きがあるものだと思うけれど、目に見えないものだし、食品関係とか香りをまとうことが禁止される職種は思いつくけど、確実に禁止されているというのではない場において、その香水いいよねっていう人と、香水苦手なんだよなっていう人と、洗剤の匂いが好きなんだよねっていう人と、無香にしてくれっていう人と、完全なる合意は難しそう。

その香りがほんとうに辛いんだっていう状況は、なくなってほしいとは思う。それは香りを作り出す技術をイノベーションしていくことなのか、無香料が普及することなのか。

しかしそれも、この香りどうする?となってからの話なのだ。それ以前のところで、無意識に香りが溢れすぎてることがきっと、おかしい。

求めてないのに、香りが勝手についてきてしまう。香りに無頓着な実家の洗濯物が香りすぎる。わざわざ探さないと、無香料が手に入らない。

これは香水を使ってなくても、匂いで浮気が疑われることもあるんじゃないか。一方が無香料派で、もう一方が無意識に普通の洗剤を使っていたら、バレるんじゃないか。洗濯洗剤を選ぶときに、特に意識しなければそこには香りの存在があって、無香料は意識して選ばないと手に入らないから、その意識のズレがほころびの発端になるんじゃないか。どうでもいいですが。

やっぱ君、香ってるよね。

夜、子どものお腹に顔をうずめて感じる服の匂いに、そんなことを思うのだった。

【連載】子どものつむじは甘い匂い − 太平洋側育ちの日本海側子育て記 −
抱っこをしたり、着替えをさせたり、歯を磨いたり。小さい子どもの頭はよくわたしの鼻の下にあって、それが発する匂いは、なんとなく甘い。
富山で1歳女児を育児中の湘南出身ライターが綴る暮らしと子育ての話。
前回の記事:厳かなお寺の香り はじめての浄土真宗

【著者】籔谷智恵 / www.chieyabutani.com
神奈川県藤沢市生まれ。大学卒業後、茨城県の重要無形文化財指定織物「結城紬」産地で企画やブランディングの仕事に約10年携わる。結婚後北海道へ移住、そして出産とともに富山へ移住。地場産業などの分野で文筆業に従事しつつ、人と自然の関係について思い巡らし描き出していくことが、大きな目的。

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