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第9話|人の身体は「流れて」いるもの|鍼灸師|石井由樹子

冷えのせいで腰が痛くて仕方なかった日、たまたま遊びにきていた鍼灸師の友人が打ってくれた簡易鍼に、みるみる痛みがひいたことがある。痛かったのは腰だけど、鍼が施されたのは足首。身体の繋がりを身をもって知って、驚いた。

ツボって言葉はよく聞くけれど、それが何なのかはよくわからない。たずねてみると、そこにはめくるめく広がる人体の不思議。

知ってるようで全然知らない、まだまだ解明されてない、身体の話。

2020. 7.2 ⇆ 千葉

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身体の写真は生々しくなりそうなのでゆっこちゃんが登った山と料理の写真を中心に紹介します


脈で診る身体の状態

−緊急事態宣言のあいだは鍼灸院はどうなってたの?リモートワークはできないよね。

リハビリ類の医療関係にあたるから、休業要請対象ではなくて、開けてたよ。そうはいってもリスクを負うから、宣言が出てからは新しい予約はとらないで、前から入ってる予約分だけ診療してた。リモートワークはできないから、有給じゃない休暇を4日間とって、あとは有給の消化が推奨されて、って感じかな。

−1日に診療する人数って何人くらいなの?

今は通常よりも予約数を減らしてて、だいたい5人くらい。前は一人診療するだけでヘトヘトだったけど、今は冷静に構えてられるようになってきた。

−調子の悪い人とずっと接し続けるには、身につけるべき「構え」がありそう。その人の身体の状態って、どうやって診断するの?

まず脈診。脈を見ると、体質や、どこが悪いのかとかが、ある程度わかる。

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たとえば、肩が痛いって来院されたけど、脈をみると胃腸の状態もおかしい、むしろそっちが原因かもしれない、とか。症状が生じてる原因はその現場じゃないのはよくある話なんだ。

−脈でそういうことがわかるの?!

うん。わかり度には、技が必要なんだけどね。

右手左手、それぞれに3本の指で手首にあててみると、全部で6本になるじゃない。その6本のなかに、さらに指の沈め方の深い・浅いで、全部で12の臓腑が配当されてるの。

臓腑ってのは、心臓とか肝臓とか胃とか腸とかね。

そこでだいたいの体質だとか、体の状況、どこが疲れてるのか、をざっくりみます。わたしは全部じゃないけど、脈だけで方針決めて治療していく先生もいるよ。

−すごい。職人技だね。

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それで、胃腸の働きが悪いとして、なんでそれが生じてるのかには、生来的に弱いのか、食べすぎなのか、食べなすぎなのか、いろんな原因があるよね。原因によってアプローチは変わるから、そこは話を聞きながら、触れながら、どこに手技を加えていくか、鍼、お灸をどこにどうするか、触りながら決めてってます。

−「悪い」ってどういう状態であらわれるの?

みためでいうと明らかに固くなってたり、一般的なかたちと形状が違うとか、熱感があるとか、腫れてないか、色が黒ずんでないか、視覚的判断と、触って周りと比べて、おかしくないかとか。

一番大切なのは、同じ人の普段の状態と比べること。身体にはその人の癖があるから、その人の特徴をつかんだ上でみるのが重要なんだ。パっと見、異常にみえても、その人にとっては正常で心地良いこともありうるから。

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鍼灸は自己免疫力を高める施術

−「鍼」にはどういう効果があるの?

西洋医学的用語でいうと、鍼をすることで目に見えない出血をおこして、そこに免疫をあつめるって感じ。

−かるーく傷つけることで、治癒力を高めるってことか。ラドン温泉とか、温泉にもそういう効能がある泉質、あるよね。

そうそう。東洋医学的な説明では、「気のめぐりをよくする」っていう。

東洋医学には、血流をよくすればいいっていう考えがあって。鍼は、治すというよりは自己免疫力をあげてあげる行為なのね。

お灸も一緒です。

西洋医学的にいうと、軽い火傷を起こすことで白血球を増やして、そこに免疫をもってきて、治癒を高める。お灸には単純に、熱をいれて温めてあげる効果もある。

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−冷え=血流が悪いってことで、そうなると自己治癒力が働きにくくなるから、いろんな病気になりやすいってことだよね。「冷えは万病のもと」っていうものね。

おすすめのセルフケアはなにかある?

鍼灸のことでいえば、お灸かな。セルフケアしやすい商品がたくさん出てるから、自分でもぐさ捻らなくても、ピッと貼ればできるようなのがたくさんあるよ。

あとは運動、ストレッチ。使えてないところを使うような動きをすること。

−運動、大事だね。お灸もちょっと試してみよう。

病院にいって「血行を良くするように」とか「免疫高めるように」とは言われないけど、血行の悪さが不調の元になるのは体感としてすごくあるから、そこに触れられないって、大事なところが抜けてる気がすることがある。

新型コロナウィルスも、新しい生活様式って、まずは免疫力を高めることだと思ったり。

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そうなんだよね、風邪もインフルエンザも免疫力が下がってる人がかかりやすい。それは新型コロナウィルスにもいえることだと思うのね。

睡眠、食事、ストレス管理、運動はとても大切。プラス、鍼やお灸を受けると、身体のバランスが整えられる。お灸ならセルフケアができるから、やりやすいと思うよ。

−最近は東洋医学の科学的根拠が明らかになってきたって話もあるよね。いずれは、東洋医学の有効性がさらに明らかになって、一般的な医療にもっと取り入れられていく気がする。患部だけじゃなくて、全体を見る方向性もあってほしい。データ化できないことや、エビデンスはとれないけど体感として重要なことってたくさんあると思うし。

病院でも、鍼灸治療とりいれてるところはあるんだけど、大々的ではないかな。もうちょっとうまくお互い、できれば、いいんじゃないかなって思うところはある。

東洋医学は未病治をモットーに治療してて、症状が出る前に治すのが一番いいと思ってるんだ。

お腹が痛いって内科的な症状で鍼灸院に来る人はまずいないけど、調子良くなった結果、実はお腹が痛かったのも治った、みたいなこともあるよ。

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症状に関する「ツボ」は現れてくる


−科学が東洋医学を解明しつつある、みたいなことでさ、最近「筋膜(きんまく)」て言葉をきくようになったけど、身体中に張り巡らされてる筋膜って、東洋医学でいうところの「経絡(けいらく)」とほぼ一致するって、テレビでやってた。

アナトミートレインって、筋膜のつながりのことかな。そうだね、アナトミートレインと経絡、一致してるところはあると思う。経絡は筋肉の間を走行してる。

気血水(きけつすい)がバランスよく巡ることで健康でいられるのが、東洋医学の考え方なんだけど、大まかにいうと、気はエネルギー、血(けつ)は血液や栄養分、水はリンパや涙や鼻水や、身体中にある水分のこと。

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で、「経絡」は気・血の流れる道で、それこそ目に見えないとされてる、体の中を流れる川のようなものなのね。

頭の先から足の先まで張り巡らされてて、大きな流れとしては12本、それに付随して小さい流れもあって、一本一本の流れに、脈の時にみた12の臓腑が配当されてる。

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脈を診て、イライラしてるなって感じたら、ストレスは「肝(肝臓)」に関係が深いとされてるから、肝の経絡上に鍼やお灸をすることで、ストレスの緩和ができる。

−脈でわかる12の臓腑と、経絡が繋がってて、経絡にアプローチすることで、直接臓器に触らなくても働きかけられるんだ。

そうそう。で、経絡上にツボがあるの。ツボっていうのは、経絡上にある体表との接点で、気の出入りをしてるところ。

ツボの数は361プラスαあるんだけど、より症状がでてるところのツボって、「現れる」感じがするんだよ。

問題ない時は目立たないのが、症状があったり悪かったりすると、そこが目立つ。触れると、へこんでる、ザラザラしてる、熱感がある、固くなってる、とか、何かしら特徴がみえる。

ここに働きかけてってところが、現れてくる。ツボに働きかけると、たとえば肝につながってるものは、肝に気が流れ込むってされてるんだ。

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−なるほど。すごいなあと思うし、でもなんか、そういうふうになってそうって思う。そうなってることは不思議だけど、うん、そうなってそう。

鍼灸は、解剖ができなかった時代からある、すごく長い時間をかけてブラッシュアップされてきた方法論なんだよね。

施術してる実感としても、効果はあるよ。


食べものは気を運ぶもの

−ゆっこちゃんが鍼灸師になるって言った時はびっくりした。突然、会社辞めて、国家資格とるための学校に通い始めたよね?

鍼灸師になろうと思ったのは突然だったんだけど、東洋医学に興味はあったんだ。茨城で働いてて楽しかったけど、実家は遠くて親戚もいないし、30手前にして、ずっとここに居続けるのか考えた時期があって。

ちょうどその時に母親が膝が悪くて鍼に通ってて、実家帰るたび辛そうな親をみて、何かできないかなって思ってた時に、鍼灸院の先生に「鍼灸師になったらいいんじゃない?」て言われて、自分がなったらいいのかって、ハっとした。

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そこから学校を調べたり、知り合いの鍼灸師の人に話を聞いたりして、なろうって思って。資格のためには3年間学校に通わないといけないからハードルは高いけど、今何も動かなければこのまま、だったらやろうって思った。

−鍼灸師は学校に通えばなれるものなの?

通うと国家資格を受ける権利がもらえるから、ちゃんと勉強すれば、なれるよ。一緒に通ってたクラスメイトもなってる人が多い。

資格をとると開業権がとれるから、開業して訪問施術も組み合わせてやっていく人が多いかな。

わたしも今、富津の山の中にある家を改装してるんだけど、いずれはそこでも施術できるように、スペースをつくってるよ。

−お家のある斜面を少しのぼったら海もみえるんでしょう?そこに行くだけでも気持ちよくて元気になれそう。

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−ゆっこちゃんがもってる身体のイメージってどんな感じ?

流れてるもの、かな。流れがすごく大切なもの。滞れば痛みだったり、何かしらの症状が出るもの。

−流れはただ循環してるの?外に出たり、外から入ってきたりするの?

基本的にはまわってるんだけど、気の出入りはある。

「先天の気」と「後天の気」っていうのがあって、先天の気は生まれ持ったもの。でも気は消耗していくから、後天の気を取り入れていかないといけないってされてる。

で、後天の気っていうのは、大気と食べ物。後天の気を取り入れることで、それが気と血と水になって、身体をめぐる。後天の気の取り入れ方をしっかりすれば、病気にもなりにくい。呼吸と食生活が大事だってことだね。

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−今の話で、福岡伸一さんの『動的平衡』って本を思い出した。生命って固定的なものじゃなくて、常に壊しては入れ替えてる流れの連続のなかに形があるようにみえているもの、みたいな話で。食べ物は活動のためのエネルギーじゃなくて、身体を構成する情報だっていうのが印象的だった。

それと同じことを、違う体系の中で言ってる感じがする。

アプローチやイメージの描き方は方法論ごとに違っても、いきつくところは同じなんだろうなって思う。

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−仕事で、成長してる実感はどういうところにあるもの?

はじめた頃は、この人にどういう処置をすればいいのか、一人に対して考える時間がすごくかかった。一人施術やるたんびにすんごい消耗してたのが、なくなったのは3年目の途中くらいかな。やっと落ち着いて、できるようになってきたよ。

わたしはその人が辛いと思ってる症状のひっかかりを紐解くような、きっかけをつくる人だと思ってるんだ。わたしが治すんではなくて、あくまでもお手伝い。

明らかにその人の表情が和らいでいくのを見られると、一番嬉しいよ。


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