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たまらない背中(短編小説)

わたしは情緒が少し不安定だ。
すぐ落ち込むし、なかなか這い上がれない。
思い込みが強くて、気持ちの切り替えや気分転換も下手。

だけど、わたしにはお薬みたいな人がそばにいた。だから平静でいられる。

ウジウジ悩むと一喝される。

またそんなこと考えてるの?めんどくさ。とか、そんなの自慰行為とおなじだよ。消えない怒りは自分を気持ちよくさせたいだけ。とか、今言ったって遅い。やっちゃったんだから、こっからは課題の切り離し。やってしまったことはもうやり直せないんだから考えても仕方ない。

なんて、パンチの効いた言葉をかけられる。その時はショックを受けるんだけど、そっか、わたしはめんどくさいのか、そっか、それは自分を気持ちよくさせてるだけの感情なのか。そっか、もうこのやってしまった後悔は感情は置いていっていいのか。

心にあるもやもやは、はっきりとした彼の言葉に昇華されていき、もともと素直な性格が功を奏して、わたしの不安定はだんだん治っていった。

彼はいつも飄々としていて、あまりものごとに動じない。表情に出すことはあまりないので、感情の浮き沈みの激しいわたしは滑稽だろうと思う。だからわたしのことをどう思っているのか心配になる。でも彼は変わらずわたしのそばにいる。いつ離れて行ってもおかしくないのになと心配になって彼の顔を見上げた。

「きみよちゃん危ない」
わたしがそんなことを考えてたら、目の前に電信柱があって、彼の手がわたしを制してとめていた。
「また、何考えてた?」
彼がかすかに笑う。
「ごめん、しゅうくんのこと」
「オレのこと?」
「なんでわたしと一緒にいてくれるのかなって」
「あー、わかんない、だろうなー」
しゅうくんは珍しくクスクス笑った。
「わ、珍しい」
わたしは口に両手を当てて驚いた。嬉しくて顔が暖かくなった。しゅうくんはわたしの頭をポンポンと軽く叩いて酷く優しい顔をした。わたしを優しくハグして耳元で囁く。
「教えない」
そして体を離してわたしの手を繋いで歩き出す。
「えー!」
わたしは不満を感じながらも、しゅうくんの全ての行いがわたしを大切にしてくれているのがわかっていたから、追求しなかった。

夜、わたしはしゅうくんに背中を向けて眠っていた。
しゅうくんがわたしの裸の背中の左肩甲骨の下縁あたりにキスをした。
それからうしろからわたしの耳元で囁く。

「昼間、言ってたこと、教えてあげるよ。ひとつだけ」
「え?」
わたしは振り向こうとして
「このままでいて」
しゅうくんに優しく囁かれる。背中でしゅうくんが話すのが聞こえる。
「きみよちゃんのこの肩甲骨の浮き沈みがたまらない」
「え?何それ?」
一瞬、頭がわけがわからなくて真っ白になる。
うしろからクスクス笑う声がする。イタズラするみたいに楽しそうな声。

しゅうくんはたまに飄々とイタズラをする。その時はいつも見せない笑顔を見せる。その顔がわたしはたまらなくすきだ。その顔をしてる気がして、その顔が見たくてわたしはガバッと振り返る。

しゅうくんはその顔で笑っていて、愛しすぎて、見つめていた。わたしはしゅうくんのいうことがよくわからないけど、まあいいか、という気になる。

「じゃあ今のフォルムが変わらないように、太ったりできないね」
「そういうことじゃないんだよな。きみよちゃんの肩甲骨の浮き沈みだからすきなんだ」
しゅうくんはいつになく楽しそうだ。
「どういうこと?」
「きみよちゃんはにぶいなー、おやすみ」

しゅうくんは満足したのかそのまま目を瞑る。
わたしはなんだかもやもやしたけど、しゅうくんが楽しそうなので、まぁいいかと「もう」と言ってから「おやすみー」と言って、わたしも目を瞑った。








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