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Chemin des amoureux (恋人の小径)

森の入り口に立つ標識には
「Chemin des amoureux」(恋人の小径)としたためられ
真っ赤なハートと、それを射抜く矢の絵柄が添えてある。

誰かの茶目っ気あるイタズラだ。

その路をしばらく進むと
その名の通りの若い恋人たちがやってきた。
愉快そうにおしゃべりするふたりの
満面に輝く笑みは
落ち葉で敷き詰められた小径を照らし出す。

冷気に包まれる森では
はらはらと黄金色の葉が空を舞っている。

やがて母親と思しき女性が視界に入り
ベビーカーで静かに寝入る幼子の
毛布や帽子を調え直している。
晩秋の午下り、雲行きが怪しくなってきたからだろう。 

かつて南国から持ち込まれ
そのままこの北方の地で生き延びた極彩色の鳥たちが
目にもとまらぬ速さで空をよぎる。

あ、ベンチにはまだあの女性が座っている。
所用でここを通ったのがかれこれ2時間前、
それ以来ずっとひとりきりでいるのだろうか。
ちらと覗き見ると
どうやら泣きはらしたのは間違いない。
この寒空の下で。
樹々やリスや曇天の空もろとも
この傷心の彼女を
見守ってくれることを願って歩みを進める。

しばらくすると前方に
手を取り合って散歩する老夫婦と
とぼとぼ後を追う老犬が見える。
あまりにゆっくりした歩調で気がかりではあるが
垂れ込めた雲から今にも降り出しそうな雨も
あれだけ暖かそうな上着と
ご亭主が手にする頑丈そうな雨傘があれば
きっと大丈夫だ。 

***

さあ次の角を通ったら森は終わってわが家だ
というところでふと想う。 

あの落書きをした人が「amoureux」と印したのは
もしかしたら「恋人」だけでなく
「慕情」といった意味をも
含んでいたのだろうか。 

人が歩む道のりで出逢う
さまざまな恋慕や愛情を感じながら。

***

それにしても
外国語を「感じる」までに体得するのは
つくづく難しい。 

そして
生きとし生けるものがゆく小径は
つくづく切なく愛おしい。

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