「趣味」を「仕事」にした人の話

こんにちは、ギタリストの智詠です。(前回書き忘れました)

2020年9月も後半になりました。この時期、例年なら恒例の「秋旅」の真っ最中、1年でもっとも演奏の多い時期で、埼玉から愛媛にやってきてからは出たり入ったりの8年間でしたが…今年は「四国から出ない記録」を順調に更新中。ただし、このまま大きな動きがなければあと1か月ほどでその記録は止まる見込みです。それまでじっくり準備しよう、ゆっくり家で過ごして、節約しながらも旬のものを味わい、美しい風景を見ることができた、となるべく前向きにとらえるようにしています。

と、わざわざ「前向き」という表現をするほどに…これまで当たり前のようにお客様の目の前で演奏する機会をいただいていた身としては、無観客のライブ配信やリモート共演動画を除くと、人前で半年も演奏できないというのは予想以上にしんどい状況でした。最初の頃にニュースで報じられた大規模クラスターが「ライブハウス」だったことも含めて、『新たな日常』からは最も遠い位置に置かれたような気持ちになりました。もともとミュージシャンというのが安定した職種でないことは承知の上でしたが、自分がそれなりに意識を持って取り組んできたことは、非常時においては「最初にできなくなり、最後にできるようになる(だろう)仕事」であることを、9年ぶりに、より大きな形で体験しました。

この数週間、音楽仲間や先輩の「ライブ再開!」と喜びにあふれるSNSなどを見ると私も素直にうれしい気持ちになります。ただ一方で心の奥では「その場にまだ行けてない自分って…」という葛藤もあり、かなりマイナス気味な「内なる声」も聴こえてきます。そこへ追い打ちをかけるようにFacebookのタイムラインに「〇年前の投稿 思い出の数々を振り返ってみよう!」と楽しげな画像が流れてきて、

秋の空 心おどった あの舞台
秋彼岸 だのに今年は 心折れ

と、微妙な句を詠んでしまいました。夏井いつき先生に真っ赤に修正されそうです。

とにかく今は一日一日を大切に過ごし、次の演奏の機会に備えてモチベーションを保つことが大事だと思っています。何より身内と自分が(ひとまず)元気で過ごせていること、そして家に楽器があることが、なんとありがたかったか。皮肉にも音楽で助けられているのはまず自分なのかもしれません。

「趣味」が「仕事」に?

さて、表題の件にたどりつくまでが長くなりましたが、20代のころはお客様からよく「好きなことを仕事にできてうらやましい」「趣味を仕事にしてお金が稼げたら最高だよね」と言っていただいたり、逆のアプローチで「好きなことを仕事にするのはむずかしいよね」「趣味を仕事にしたら趣味がなくなって大変だよね」と言っていただきました。

少なくとも私にそう言ってくださった方から実際に「趣味」を「仕事」にして楽しかった、または苦労したという体験談を聞いたことはありません。年を重ねたせいか、ここ数年はそう言われる機会もほとんどなくなりましたが、ふと「ところで自分は趣味を仕事にしたんだっけ?」と思うことがあります。というわけで、この問題というかモヤモヤを解消しておくために書いてみたいと思います。ちょっと壮大なひとりごとになりそうです。

前回の記事 ”やっぱりリズムって大事” では、3歳から楽器を手にしていた話をしましたが、実際に音楽活動を開始したと自覚しているのは小学1年生の冬、7歳になるころからでした。両親は中南米音楽の愛好家で、2人で組んでいたグループ「フーマ」に加わる形で演奏をはじめました。これもまた前回の話題と重なりますが、「カルカス」の来日公演を観たのが見事に刷り込まれて、ギターを始めるまでの期間は、ほぼカルカスのレパートリーを中心に演奏していました。

9歳でギターを始めてからは特にアルゼンチンのフォルクローレの一族「カラバハル」の音楽を中心に演奏するようになります。高校生になるころ、タンゴやフラメンコに興味を持ってアルゼンチンのギターデュオ「ロス・インディオス・タクナウ」のコピーに父と一緒にトライしたり、大学に入るころにはフラメンコギタリストのパコ・デ・ルシアやビセンテ・アミーゴ、トマティートのCDやビデオを何度も再生しては音取りを試みていました。

ここまで確認してみて、子どものころから音楽を演奏することが「趣味」という感覚を持ったことは特にありませんでした(そもそも「仕事」の相対的な行動を「趣味」とするなら、子どもに“趣味は何ですか?”と聞くようなことはあまりないでしょう)。ただ最初から演奏することを「仕事」ととらえていたわけではなく、音楽はあくまで「一番好きなこと」であって、客観的にはやはり「趣味」のカテゴリーだったと思います。この時期に他の趣味があったとすればテレビゲームくらいでしょうか、ファミコン懐かしい。あと同級生と新日本プロレスの試合をよく観に行きました。

テレビゲームやプロレスは確かに趣味的な欲求を満たしてくれる存在でしたが、「音楽」に関しては、ある種の「使命」というか、演奏を聴いた方から「すごく楽しい気持ちになった、うれしかった」と言っていただき、「こういうことをするのが僕の役目だ」と、ぼんやりではありますが、子どものころから感じていました。

例えば、父が以前運営に関わっていた埼玉の福祉施設のイベントでは、「フーマ」でその時チャレンジしているレパートリーを演奏、思えばその時にしか演奏しなかった曲もあります(しかもYouTubeに上がっていたりします)。ただ、それ以外の機会で演奏を頼まれると、リクエストもあり、「フォルクローレの曲」「ケーナの曲」として知られている『コンドルは飛んでいく』や『花祭り』を演奏していました。小学校や中学校の音楽会など学校行事でも何度かケーナを吹きましたし、高校~大学在学中にも、親しい音楽仲間が多い場所ではカルカスのレパートリーを久しぶりに演奏することもありました。

と、かなり早い段階から未熟ながらもTPO(時・所・場合)に合わせたプログラムをやる、聴き手に楽しんでもらいたい、自分の演奏でその音楽に対して良い印象を持ってほしい、時にはサプライズ的なもの(主催者の方が好きな曲など)も演奏するという意識をある程度持っていたと思います。

なので、自分にとって音楽がいつから「仕事」になったか、というのは、実はあまり明確でない、というか特に自分で決めていなかったのかもしれません。「いつからプロのギタリストになったんですか?」という問いに答えるなら…私のプロフィールでは、学生時代にプロの演奏家の方と共演するようになった時点で「プロ活動を開始」と表記しています。「学生のころから現場で先輩方にいろいろ教えてもらいながら…」と説明しつつ、「そう言えばとりあえず相手も自分も納得できた」というのが正直なところです。今も聞かれたら「実際にライブで経験を積みながら」以外の説明方法がありませんし、本当にその日々があったからこその現在です。

そもそもミュージシャンには基本的に「ライセンス」が存在しないので、他人から見て分かりやすい基準は『音楽事務所と契約』『CDデビュー』くらいしかありません。「親戚の集まりで肩身が狭い思いをしてたけど、NHKに出たら180度変わった」というのもミュージシャンあるある、でしょう。

私は幸い両親が音楽愛好家(そしてある意味一番シビアな聴き手)であること、多くの親戚や身内が応援してくれたこと、音楽で食べられなかった20代後半までは実家暮らしという、あまりにも恵まれた環境でした。だからこそ「聴き手にいい音楽を提供する」という意識や、「お金という対価」への責任を早くから持つように心がけました。

職業別という点なら、就職しなかった私の場合、大学卒業年度の翌4月1日に「個人事業主」となった日=「仕事」になった日になるでしょうが、ライセンスがない分、演奏力と精神力を練習と本番でひたすら成長させていくしか方法はありません。そして人との出会いこそが「財産」の世界です。そこから10段階くらい経て、多くの方とご縁ができた30歳くらいでようやく「わ、私は音楽を生業としています」「私のギタリストとしての活動は…」と多少カミながらも、ようやく言葉にできるようになったと感じています。

ちなみに大学を卒業したころ、当時お世話になっていた音楽プロデューサー(スペインでの師となるベンハミン・アビチュエラにご縁をつないでくれた方)から、『智詠くんの年齢でそのキャリアなら30歳がひとつのラインだね。それまでにモノにならなかったり景色が見えなかったら、仕事としてはスッパリやめたほうがいいよ』と言われました。おかげさまで、ちょうど30歳でひとつの歩き方が「見えた」と思ったので、こうしてさらに10年間続けることができました。

「仕事」と「趣味」の関係

では現在、あらためて「趣味はなんですか?」と聞かれたら、私は何と答えるか…思いつくものは、

①料理
②食べ歩き
③温泉巡り
④鉄道
⑤ドライブ
⑥写真
⑦ゲーム(スマホ)
⑧ネット検索(主に①~⑦)

ほぼほぼ男子にありがちな趣味かもしれません。2020年9月時点では②~⑥はなかなか気軽に楽しめない状況が続いていますが、これまではけっこう満喫してきました。そして、すべてに共通して言えるのは「音楽活動のおかげでかなえられた趣味」です。①に関しては、現状ギターを弾いている時間と台所に立っている時間、どっちが長いかという別件もあります。

こうしてみると自分にとって「仕事」と「趣味」は別々のものというより、常に相互作用しているものかもしれません。実際に演奏の中に「遊び」を見出したりするのも事実ですし、趣味で得られた知識と経験は、演奏の仕事をする上でもかなり役に立ちます。「仕事」と「趣味」がいつまでも良い関係でいられるためにも、自分自身が楽しんで演奏できるように心がけていきたいです。

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