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鬱期に光の兆し

21歳再受験を決意したちえです。

自己紹介文でも綴りましたが、今年春、双極性障害(躁うつ病)と診断されました。


双極性障害という名前よりも、躁うつ病という名前のほうが症状がわかりやすいかなと思います。躁(気分の高揚)と鬱(気分の下降)を繰り返す病気です。
「そんな誰でも気分の波はあるでしょ~」
と思われる方も多いと思いますが、
・気分の波が自分でコントロールできるものではないこと
・薬を飲まなければ精神が落ち着かないこと
・躁状態/鬱状態どちらの状態でも、何をしでかすかわからないこと
かなり苦しい病気です。

 私が一番苦しんでいる部分は、躁状態の時の全能感と鬱状態の虚無感の差です。
 躁状態の時には何でもできる気がして、自分が最高に思えますが、鬱状態の時には、自分は最低・生きる価値がないと思う。そして躁状態の時の全能感やタスクをこせていた時の自分と鬱状態の自分を比べてその差に苦しむことが多いです。
 私は現在双極性障害の方々のオンラインコミュニティに所属していますが、躁状態の時に強制入院した方もいれば、鬱状態の時に入院した方もいます。人それぞれ苦しむところは違えど、病気の波に苦しめられていることに変わりありません。

私は鬱期が非常に長く、躁状態はそれほど高揚しない双極性障害Ⅱ型です。
鬱期の症状としては
・ベットから出られないこと
・無気力脱力感
・希死念慮
などが私は鬱期に起こります。今まで学校に通えていたと言うのも出席はギリギリの状態ばかりでした。鬱症状は言葉ではいい表せない虚無感があります。
現在はましな鬱期です。こうしてNoteを更新できていること。勉強机に向かっていること。すべてが自分的に拍手喝采なことです。
家の中では比較的快活に過ごせることが多いですが外出はなかなか難しく、、、。これから慣れていかなければならない所です。

鬱期に光が差したこととしては、母親に言われた一言で踏ん切りがついたからです。私は両親にとっていい子いい娘であることを生きがいに生きてきました。ですが、自分が学校に通えない状況・精神疾患を抱えている状況になり、家族会議の電話を行った際に、母親から「思い込みでしょ」と言われました。体の奥から怒りがこみ上げてきました。
誰が好きで、精神疾患になりたいんでしょうか。誰が好きで、毎回のカウンセリングや薬の服用をするんでしょうか。
それを思い込みと言われて、この人とは縁を切ろうと思いました。

娘が、病院に通いながら薬を服用していてという状況に「思い込みでしょ」と声をかける親、、、。皆さんがどう思うかはわかりません。ですが、私にとっては、許せない一言でした。それは私が病気で苦しんでいることや、鬱期でに希死念慮があり死にたいと何度も思ったこと。それを「思い込み」で片づける母親がもう一切信用できない。

この怒りは、私の長かった鬱期に光をもたらしました。母親との癒着・甘えを取り除き、病気と向き合いながら自分の人生をどこまでも貪欲に追い求めようと思えました。

大学1年生の時からずっと違和感があった、「このままでいいのか」という気持ちに整理をつけることができました。私には勉強しかないこと。
正直信用できる人は一人も周りにいません。どんな言葉を浴びせられるかわからない恐怖。どんな目で見られるかわからない恐怖。いろんな恐怖がありますが、もう気にしないと決めました。もうそういうの鬱陶しい疲れます。

少し感情が高ぶりましたが、鬱期に光がさすのは意外な出来事です。
基本的には生活習慣をただし、一日10分の散歩をして、3食自炊して、勉強机に向かうことが私にとっての今の鬱期への対処法です。もちろん薬を飲むことを忘れずに。

まだまだつらい日々が多いですが、1日1時間勉強できれば自分をほめています。そんな短い時間、、、。と思うのはもうやめました。今自分にできることから始めている私は素晴らしい。そう思います。

皆さんも、鬱期で苦しいとき、死にたくなる時、それ以外にもストレスで社会が嫌になる時あると思います。
そんな時は自分を責めないで。まずは目の前のことをできた自分を褒めます。

明日も1歩、1%だけ頑張りたいです(*´꒳`*)




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