文字うどん

 物心ついた頃から、インターネットばかりしている。ダイヤルアップ接続で家の電話を終日話し中にしては親からの怒られが発生し、電話代が万単位になっては親からの怒られが発生した、そういうタイプの人間である。ダイヤルアップからADSLになっても、巨大な飯に憧れ、ジョジョ立ちオフに混ざる自分を夢想し、オフ喜利レポを見ては自分ではこう答えるなどの妄想を続けてきた。
 『テキストサイト』と呼ばれる文章主体のコンテンツを発信するwebサイトに馴染んできたオタクが、その流れを汲むwebサイト、おもしろコロッセオこと『オモコロ』に辿り着くのは必然であろう。
 そんなオタクなので、オモコロにてテキストベースのコンテンツ『文字そば』の連載が開始された時は「これこれこの味~!」と大人になってから小学校で供される給食を食べたような、懐かしさと気易いはしゃぎのような感覚を味わったのだった。

 さて、現在、私は理由(ワケ)あって閑職にいる。遠回しな退職勧告等でもなく業務が発生する時は正当な評価もしていただいているのだが、その話はまた別でするとして。
 基本的に日々暇なのである。とはいえ人目を気にする小心者でありフロアに監視カメラもつくようになったので堂々とサボタージュをする気持ちにはなれず、デスクの隣の島は情報システム課の皆様なので仕事をするふりのネットサーフィンも気が引けてしまう。
 幸いにして、私は文章を書くタイプのオタクなのであった。「絵が描けないから」というネガティブな理由からではあるが、ゲームや漫画のキャラクターたちがこういうこともしていたらいいな、というのを文章に書き起こしてはニヤニヤとしている、そういうタイプのオタクなのである。
 文章を書く……というかPCで打つのなら、仕事をしているふりと暇つぶしが両立できる。救いを得た気分であった。許された閑職ではあれど、周りの目を気にする人間にとっては居心地が悪く胃が痛いのだ。せめてふりだけでもいいから常に何かをしていたい。
 『資料まとめ』という小癪なタイトルを付けたGoogle documentを社用のGoogleアカウントと個人のGoogleアカウントでこっそりと共有し、ある時は職場でハートフルなオタク作文を打ち込んでは帰宅後に自身のアカウントから掬い上げしかるべき場所に放流し、またある時は職場にもかかわらずNot Safe For Workなオタク作文を打ち込んでは帰宅後にしかるべき場所に放流していた。
 しかしまあ、常にオタク作文ができる訳ではない。書きたいネタのストックが途絶えることもある。コミッションもオープンにしているが、依頼は内輪の人間から来たくらいだ(その節は誠にありがとうございました)。

 そんな折、Twitter(現X)がなんやかんやあって、オタクたちの間では『移住先どうする?』問題が持ち上がったのだった。私は腰が重いオタクなので未だにTwitter(現X)を発信の主な場としているが、フォローイングの中にはすっかり旧Twitterに見切りを付けた人たちも当然少なくはない。
 その中にブログに発信の場を移した人もいて、まとまった考えのまとまった量の文章を読んだ私は、「テキストっていいな」と改めて思ったのだった。

 そこでこのnoteである。
前述の通り私は『オモコロ』の愛読者であるが、それ以前に愛鳥家でもある。オモコロ副編集長の永田智氏がご家庭でセキセイインコを飼育されていると聞いて、かわいい小鳥ちゃんの姿を一目見てみたいぜと思い立ち、永田氏のnoteで該当しそうな範囲の記事を購読するために作っただけのこのアカウントが、漸く本来の役割を果たす時が来た。

 『文字そば』のような、つるっと読めて味わい深い文章への憧れがあった。しかし、ここまで読み進めてくださった方なら解っていただけると思うのだが、私の書く文章はなんというかもっちゃり、ぺっとりとしているのだ。
 文字うどん。
 言うなればそんな感触の文章を、ここに残していければいいなと思う。日記であれエッセイであれ、自分自身に起こったこと・自分自身の内から湧き出ずるものならば、生きている限り涸れることはない。そして現職に就いている限り、暇つぶしの手段が不要になることはない。
 いや、本来であればここに残る文章は増えない方がいいのだろうけれど。
 記事が増えるたびに残るのは、仕事をするふりをし、暇をつぶして今日という日を生き抜いた証なのだから。

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