那須塩原のピラミッドで温泉デビューする息子と湯船に浸かってオアシスを考えた話
那須塩原。
そこに、ピラミッドの中に温泉が存在することを皆様はご存じだろうか。
古代エジプトに伝わるピラミッドパワーなる力を帯びた温泉に体を浸れるのだ。
温泉効能の欄に何と書いてあるのか想像すらつかないであろう。
ご存じない皆様は何を言っているのかさっぱりであろうが、そのとおりなのだ。
これはピラミッドの中で人生初、温泉デビューを果たすことになった息子と湯船でオアシスについて考えたルポである。
2017年、夏。
息子をだっこした妻から「たまにはお洒落なところに行ったり、買い物がしたい」そう訴えられた。
那須塩原に行きたい。
妻はそう微笑んだ。
僕は福島県在住のサラリーマンである。
今もだが人を人と思わないような、暗黒の勤務を続ける会社の家畜、ネクタイという名の首輪がハマった社畜だ。
そんな激務の日々を過ごしている僕を支える妻も、日々大変だった。
二人が求めたものは、そんな毎日のオアシスだった。
那須塩原。
「君も行きたいところを言ってよ」
妻は日々に疲れた僕をねぎらってそう言ってくれた。
来たぞ、俺のオアシスへと続くその言葉。
温泉に行きたい。
僕のその言葉に妻は頷いてくれた。
「この子も初めて温泉に入るね」
妻はそう言い、息子に頬ずりした。
息子の温泉デビューだ。
ここは父として、とっておきのところを選んであげたい。
那須塩原にピラミッドがある。
その中にピラミッドパワーを帯びた温泉がある。
もちろん入れる。
いわゆる、珍スポである。
珍スポット。
それは絶対に観光パンフレットには載らないマニアックかつディープなスポット。
それは人生に一つまみの刺激をそっけなく、たまに暑苦しく訴えてくる。
僕は十代の終わりからこの珍スポットという存在に脳を犯されていた。
家庭を持ってからはなかなか行く機会がなく、虎視眈々と行く機会を狙っていたのだった。
その日は雨で、お洒落なところでご飯を食べ、買い物等をし、たどり着いたときには夕方に近かった。
カーナビをセットし、たどり着いた僕らの前に、それは現れた。
まさしくピラミッド。
手前のぞんざいに生えた松の木がなんともいい味を出している。
これはいいぞ。
来たなピラミッドパワー大浴場。
今日は何しろ、息子の温泉デビュー戦だ。こいつは凄そうだ。
ピラミッドパワーを一身に受け、共に健康になろうぞ息子。
ピラミッドの隣に世界観無視の石灯篭があるところも非常にポイントが高い。
いいぞ。珍スポに来たって感じだな。
中に入るとゴチャゴチャしている。
僕が「施設系珍スポ」と呼んでいる、こういったジャンルのスポットではたいていゴチャゴチャしていて何が何だかわからない。
売り物なのか、展示物なのか。
そして基本的に店員がいない。説明もない。
来たぞ来た来た、僕の大好物の謎展示コーナーだ。
施設系スポットの中には、こういった謎の物体を展示しているコーナーが散見される。
大抵「宝物殿」とか「小さな秘宝コーナー」とか銘打ってあり、大体が見ても何が凄いのかいまいちわからない展示物が乱雑に並んでいる。
ほらな、意味わかんねぇ。
そして電源タップは何も繋いでないんだからもうちょっと隠すとかさぁ。
三人で館内を歩いていくとゲームコーナーがあった。
この壁に気になるものを見つけた。
おっと。
断っておくが、もちろんこの温泉は別にこの映画とタイアップしているわけではない。
この言わんばかりの「どうだ!時代はエジプトだ!それ見たか!」感が何とも鬱陶しくて愛しい。
僕はウキウキだったが、息子は異常な周囲を警戒するようにキョロキョロしていた。
どうだ我が子よ、これが温泉だ。珍スポだ。
父さんの大好きなやつだぞ。
ここで妻と別れ、僕と息子は男湯へと足を踏み入れた。
中の写真はもちろんないが、結構普通だった。
まずは身体を洗わねば。
と、思ったこの時何故か妙に混みだした。
ピラミッド大混雑である。
すいません、と周りの人に声をかけつつ息子にシャワーを浴びさせようとノブをひねった瞬間。
ズババババババ!
存外勢いが強い。
そして全弾が息子の顔に命中した。
ギャン泣きである。
おお、息子もびっくりだが父さんも超びっくりしたぞ。
息子のご機嫌を取りつつ、体を洗い、二人で湯船に肩まで浸かった。
気持ちが良い。
息子も、すぐに泣き止み、気持ちよさそうにしている。
これもピラミッドパワーの御力か。
どうだ息子よ、人生初の温泉は気持ちよかろう。
温泉。
それは忙しい日々に疲れた人のオアシス。
僕が日々思うことだが、体の疲れと心の疲れは違う。
身体の疲れは睡眠や栄養で緩和されるが、心の疲れはそれでは取れない。
何かに笑ったり、夢中になったり、凝り固まった心を動かすことでそれは癒されていく。
それは大好きな趣味だったり、友人との気兼ねない会話だったり。
人は、浮世離れが必要なのだ。
珍スポットというやつは、基本的に日常から浮きまくっている。
那須塩原に何故かピラミッド型の温泉がある時点でもう周りから浮いている。
珍スポは大体がそっけなく、時に暑苦しく非日常を放り投げてくる。
世の中の大多数の人は望んで珍スポットには行かない。
珍スポは前のめりに突っ込めば好きにさせてくれるし、気に入らなければそっちから近づいてくることは決してない。
いい意味で、ほっといてくれるのだ。
だからいいのだ。
オアシス。
砂漠の中にある安息の地。
でもその現実は近くで見ると意外と濁った沼だったりする。
それでも近寄る人々の癒しになっている。
珍スポは、砂漠のような毎日の中にあるちょっと濁ったオアシス。
自分で近寄ってげらげら笑って心を動かして、また明日から頑張るかと思う僕を、その先は知らんから勝手にやってとほっといてくれる。
僕は気持ちよさそうにする息子を抱っこしながら、ピラミッドパワーを宿した湯に浸っていた。
帰り際、非情にもスフィンクスの後頭部に書かれた文言に半笑いを浮かべながら僕らはピラミッド温泉を後にした。
息子よ、どうだ、人生初の温泉は。
こんなに濃ゆい場所でも温泉は良いものだろう。
車内の後部座席からはピラミッドパワーを浴びた妻と息子の寝息が聞こえ、僕はハンドルを握りながらDon't Look Back in Angerを聴いていた。
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