稲盛和夫氏と『致知』とのご縁 ~約30年前のメッセージ~
数年前、稲盛氏に近い人からこんな話を聞いたことがある。
京セラがまだ創業間もない頃のことと思われる。
ある夏、社長の稲盛氏も参加して社員旅行が行われた。近くに海があり、現地に着くや社員はこぞって海へ飛び出していった。だが、一人だけ泳げない社員が取り残されていた。
稲盛氏は、
「よし、俺と一緒に泳ごう。背中につかまれ」
と彼を背中に乗せて沖に連れていった。
その社員は感激し、生涯この人についていこう、と決意したという。
稲盛氏が情の深い人であることを物語る話である。
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本誌も同じような忘れ難い経験を持っている。
詳細は省くが、平成四年、『致知』は社の存亡が危ぶまれる大きな試練に見舞われた。
その危機を乗り越えようと懸命に努力している時、稲盛氏から一つのメッセージをいただいた。こう書かれていた。
「人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。(中略)
我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう」
短い中に自らの経営哲学を凝縮した一文に、どんなに励まされたことだろう。
この言葉をコピーし、手帳に挟んでいつも携帯し、折に触れては読み返して自らを鼓舞してきた。
その温情を今も忘れないが、稲盛氏の情の深さはただやさしいというだけではない。根底に相手を成長させようという思いがある。だからこそ、その情は時には厳しさをもって発露する。
――特典 2021年4月号「稲盛和夫に学ぶ人間学」主幹コラムより
本日ご紹介したのは2021年4月号「稲盛和夫に学ぶ人間学」にて、弊誌主幹の藤尾秀昭が綴った文章です。
稲盛和夫氏は京セラやKDDIを創業し、一流企業に育て上げたのみならず、倒産したJALの会長に就任すると、僅か2年8か月で再上場へと導きました。
功績はそれだけに留まりません。中小企業経営者の勉強会「盛和塾」の塾長を務め、1万2千人以上の経営者から師と仰がれている他、日本発の国際賞「京都賞」を創設し、人類社会に多大な貢献をもたらした人物の顕彰を続けています。
そんな稲盛氏に『致知』に初めてご登場いただいたのは昭和62年(1987年)2月号。以来、稲盛氏は30年以上にわたって『致知』を応援してくださり、『致知』は数々の節目で稲盛氏の言葉に支えられてきました。