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【読書感想】「夜の写本師」

前半ネタバレ無し
下の方に段落開けてネタバレを含む感想

「夜の写本師」
乾石智子

エンタメ度    ★★☆☆☆
文の理解しやすさ ★★★★☆
ギミック性    ★☆☆☆☆
世界観の独特さ  ★★★★★
読後の満足感   ★★★★★
(この辺を重視して私は本を読んでるよという目安。あんまり参考になんないぞ)

ダークファンタジーの復讐譚。
王道展開ではないところがこの世界の異国情緒を引き立ててるみたいな感じがする(のでエンタメではない?)
文の美しさとわかりやすさが両立した珍しい文をしている。
なにか贅沢なものを感じる文だった。

これまで読んできたファンタジーと比べて異彩を放ってるのは「魔術という文化のあり方と世界にどんなふうに浸透してるか」。
例えるなら一般的なファンタジー作品の魔法は「西洋医学」みたいなもん。絶対的な正解があってその精度を高めるようなあり方。
夜の写本師の魔術は「東洋医学」みたいなもん。漢方薬を患者に使うが、患者一人一人に対して合っているものを模索するような感じ。
魔術の考え方、技術、知識、文化、思想、全てが混在している状態のものをたっぷり書いてる。
まだ書かれていない設定もたくさんあるだろうことが読んでてわかる。

特に、主人公が選んだ道は魔術の儀式に当たる部分が、写本職人としてのものづくりという形になってる(んだと思う)。
こんなに丁寧に作ったらそりゃもう魔力はこもるでしょうよ、をその描写力で納得させてくる。
生活の一部としてのシーンのように描かれるけど魔術が使えることに説得力がある。

世界観の素晴らしさだけじゃなく、主人公カリュドウの復讐譚としての決着の付け方もかなり綺麗でなかなかの物を読ませてもらった。

同じ世界の別の時代のお話が何冊か出てるから読まねば。

ここから下は本編のネタバレを含む私的に印象に残ったシーン



















印象に残ったシーンや好きなシーンを順番に書き連ねていくわね。自分語りのようになってしまうかもしれない。

・開始40ページでカリュドウが不可逆みたいな闇堕ちしてびっくりした。
40ページじゃ作者の文の傾向わかんないはずなんだけど、きちんと不可逆だということが初見でわかる表現力の豊かさよ。

・カリュドウが写本師の仕事を始めて、望む結果を出すために道具のグレードを落とすシーン。
あれ、ものづくりを真剣にやってて自分のやり方に向き合うと発生するものだと認識している。すごいリアルさを感じて思わず唸ったね。
私がレザークラフトをやる際、「モウル」というハンマーを使わないでずっと木槌使ってるんだ。
なぜなら、モウルは重くて私の腕力では叩くときにブレーキが掛けられず打刻が深く入りすぎる。だから木槌のヘッドらへんを持って力加減に微調整を入れながら叩いてる。
精度を出すために安物使ってるんだ。
夜の写本師の世界では、そういうものづくりの姿勢が強い魔力に繋がっていくんだから夢のある話だよね。身近に魔術を感じられた。

・シルヴァインが好きです。
登場時から、きっぷの良いお嬢さんだな、好み~とは思っていたよ。
アムサイストがシルヴァインを「銀の乙女」と呼んだ終盤の方で完全に好きになった。

「銀の乙女」という概念にずっと思い入れがあるんだ。
始まりは中学の時に聞いたサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」という曲だ。
その中で「Sail on silver girl」が「船出の時だ 銀の乙女よ」と和訳されていて、その美しさに感動しちゃったんだ。
それ以来、「銀の乙女」みたいな二つ名を持つ女性の登場人物が出ると好きになっちゃうんだ。
ドラゴンランスに出てきた銀龍の人とか、幻想水滸伝3に出てきたクリス・ライトフェローとか、クレイモアの銀髪銀眼の女戦士たちとかね。
「銀の乙女」概念の女性はだいたい使命を背負っていて、過酷な運命に立ち向かう気高い精神を持っている。

その「銀の乙女」がめちゃくちゃに汚されて敗北するなんて思ってもみなかったよ。
しかも最大限の呪いを相手にかけながら…
もうその時点で「銀の乙女」概念をシルヴァイン自ら捨ててるんだ…本当に精神までも汚れてしまった。呪いの始まりになってしまった。
衝撃的だった。
あと、「銀の乙女」概念にとって恋心とは、過酷な運命を背負いがちな彼女たちにとって、やっと出てくる人間性や少女性の部分だからさ…
それをあんなに踏みにじって汚しに汚してアムサイスト絶対に許さない。

・イルーシアも好きだ…
憎しみの力で魔法を使わせたら世界トップのヤバいババアが主人公として書かれる物語ある?
イルーシアの最高にかっこいいところは、自分のマードラ呪術に誇りを持っていて、呪術の結果や自分の行った非道を完全に理解しているところなんだよね。
エムジストに負けて壁に塗り込められるとき、壁の守護を強める要になりに行ってる。
前世で裏切られ、今世でも裏切られ、来世で復讐を遂げるならば壁は絶対自分にとって不都合なのよ。
だけど、「護る」という目的をなかったことにすると、壁の守護を強めるために殺した数百人の死が無意味なものになる。
だから残虐に殺されてった人々の憎しみを受け止めて、当初依頼された通りの結果をもたらしてるんだよね。
かっこよすぎた。格が違うババアだった。敵に回したらヤバい闇のババアだった。

・決着のシーン
シルヴァインの世間知らずさ、浅はかさから始まり、アムサイストを殺すまで死なない身体になる呪いをかけてしまったことから始まる悲劇。
全ての不幸はシルヴァインがアムサイストを呪ったことから始まったと言っても良い。
それが最後、シルヴァインがかつて抱いた愛と本質を見抜く力によって決着がつくっていうね…
カリュドウの描写を追っていると別人のように思えていたシルヴァインが最後は一致した感じがした。
シルヴァインは間違ってなかった…
「銀の乙女」概念がカリュドウの中にあった…
この展開も好きだけど、ここの一連の描写が素晴らしい。

文章から感じる「古めかしいけど荘厳な書物」感みたいなものってどこから来るんだろう。
難しい言葉は使ってないし昔の言葉も使ってない。
セリフもまぁまぁある。
なのにとにかく分かりやすい。
カリュドウという人物の生き様を俯瞰した文章。
淡々としているようで、戦闘シーンや最後のシーンは熱い。

ファンタジーが好きな人におすすめしたい本ナンバー1になった。

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