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私のひなまつり

  今夜の夕飯の準備をしている。今日はひな祭り。メニューはちらし寿司と茶碗蒸し、お吸い物にイチゴ大福。放射線治療の副作用が邪魔をするけれど、娘が料理を前に喜ぶ顔が見たくてたまらない自分の為に、作っている。
 娘が生まれてから3月3日は私にとって特別になった。10年前の娘の初節句にご近所さんを招待してお祝いしてからメニューはいつも同じ。そしてその時に母に手伝ってもらいながら娘をおんぶして作ったことを思い出しながら支度するのも、いつもと同じ。毎年同じ思いでを胸に、同じ献立を作る特別な日だ。

 私はステージIVのほんの一歩手前と言われるステージIIIのがんに罹患した。(リンパと筋肉に転移)抗がん剤治療、手術、放射線治療そしてホルモン治療と続く長い治療の道のりを歩むと共に、6年前に渡米し起業してからずっと続いた寸刻をも惜しむガツガツした生活を手放すことを強いられた。その代わり、副作用のない気分の良い日は、娘の好物を時間をかけて作ったり、勉強を見たり、バイオリンを一緒に弾くことができる穏やかな時間を手に入れた。そして死を身近に感じる時間も増えた。
 今年は死を隣に置いて、毎年と変わらずにひな祭りの準備をしている。今後はずっと私の隣にいる彼を意識しながら、今晩のことを楽しみにしている。彼が隣にいると、自分の死後の娘を思って泣く夜もあるけれど、今生きていることに感謝することも増えた。そして時には何かに没頭し、意識すらしない時だって変わらずにある。
 死を考えたり、考えなかったり。がんになる前とあんまり変わらない毎日だけれど、生の鮮度がちょっぴり増した。私の周りの出来事は色鮮やかになり、以前より私の心を大きく揺さぶる。今年のひな祭り、髪が抜けても、体調が悪くても、いつもと同じように娘と食べるちらし寿司は特別に色鮮やかだ。

 今年は雛あられも作ってみた。桃の花が手に入らないからチューリップで我慢した。(チューリップも手に入れるのが大変だった)ハマグリはこちらで手に入らないからアサリを代用した。娘が私にくっついて「ママ、ママ」って言ってくれる今のうちだからこそのひな祭り。このひと時、この手間を楽しみたい。

来年の3月3日はどんな日かわからないからこそ今日のお雛祭りを楽しもう。

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