見出し画像

ねこの気持ち

古い空き家を借りて友人達数人と絵画サークルをしていた時のことである。サークル活動は週一回で隣に大家のおばさんが一人、猫と住んでいた。

当日も私は早めに行って鍵を開け、風通しの良いように窓を開けてドアを半開きの状態にしていたら、チリンチリンと鈴の音と共に一匹のトラ猫が
現れた。
どうやら大家さんちの猫のようだ。

聞けば名前はミーちゃんと言うそうだ。
人懐っこく足元にスリスリして甘えるので、私は「はいはい、いい子だね」などと相手をしながら友人達を待っていた。

幸いやって来た友人の中に猫嫌いな人は居なかったため、そのまま一緒にサークルを始めることにした。
ミーちゃんはと見れば部屋の隅で居眠っていたり、たまにウロウロしても邪魔をするでもなく大人しくしている。

サークル活動は休憩を挟み3時間ほどで、休憩時間には輪になってお茶を飲んだりお菓子をつまんだりして世間話をした。
するとミーちゃんも同じように輪の真ん中に来てニャアニャア愛想を
ふりまく。
「ミーちゃんも仲間に入りたいんだね」などと言われて、すっかりみんなの人気者になった。

休憩が終わり私達はそれぞれのキャンバスに向かえば、ミーちゃんも心得たものでまた元の位置に戻る。
サークル活動が終わって、帰る時にはミーちゃんを外に出してドアに鍵をかけた。

そして翌週行くとミーちゃんは待ってましたとばかり部屋に飛んで来て、
何かを訴えるように私の回りをグルグル回りながらしきりと鳴くのである。
まるで「どうして今まで来なかったの?待っていたのに」と言わんばかりに「ニャゴニャゴ、フガフガ」とうるさい。
「ごめんね、ミーちゃん」となでてやると今度は甘えた声で「ニャッ」と
短く返事をする。
やがて皆が集まって来る頃には落ち着いて、いつものミーちゃんに戻るのだ。

それにしても随分おしゃべりな猫だと思っていたが、ある時やって来た大家さんがそんな様子を見てびっくりしていた。
「ミーちゃん、あんた、そんなに可愛い声で鳴くなんて・・・」
「この子鳴かない猫なんだよ。鳴き声なんか一度も聞いたことがなかったのに」と絶句していた。
しかしもう何年も飼っている猫が、飼い主と一切コミュニケーションを
取らないなどということがあるのだろうか。
私にはそちらの方がよほど驚きだった。

そんなペースで三週ぐらい続いた頃だろうか。
その日もいざ帰ろうとしてミーちゃんを見ると彼女の姿がどこにもない。
ドアが開いているから外に出たのか、とも思ったが万一どこかにいるのに
鍵を掛けて閉じ込めてしまったら大変だ。
来週来た時にはミーちゃんがミイラになっていたでは、笑い話にもならない。

私達は「ミーちゃん、ミーちゃん」と口々に呼びながら家中を探し回っていたら、どこかで微かに猫の声がした。
なんだかくぐもった声が上から聞こえたように思えたので、さっきも探した押し入れの中をもう一度見回してみたら、何と天袋の奥に居るではないか。

その時は、たまたまそこに居たのかと思ったが、それ以来ミーちゃんは私達が帰り支度を始めると素早く察知して隠れてしまうようになった。
どうやらミーちゃんは帰りたくないらしく、もっとみんなと一緒に居たかったようだ。

しかし残念ながらその空き家は建て替えられることが決まり、私達は他の場所に移ることになった。

その後しばらくして大家さんと道でバッタリ出会ったので、ミーちゃんの
ことを訊ねると何とミーちゃんは家出をしたと言うのだ。
しかも家の近くでうろついているのをたまに見かけるようだが、名前を呼んでも知らんぷりで帰ってくる気配は全くないらしい。
大家さんは「餌はどうしているのかしら」と心配そうにしていたが、元気にしているのならきっと何処かの家で可愛がってもらっているに違いない。

ミーちゃんがどんな気持ちで家出したかは分からないが「猫だって飼い主を選ぶ権利はあるのだから。。」と密かに思った出来事である。

                      イラスト(粘土.アクリル)












この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?